「はい、リチャード」 摘みたてのクロソフィを籠いっぱいに詰めて差し出しながら、ソフィは愛らしい仕草でリチャードを見上げる。その行動はとても可愛らしいが、意図がよくわからない。リチャードは首をかしげた。 「どうしたんだい、ソフィ。こんなにたくさんのクロソフィを」 「花壇に咲いてたのを摘んできたの」 ソフィはにこりと微笑んで、リチャードの隣に座った。髪からはふわりと花の良い香りがする。 「アスベルはまだお仕事終わらなさそうなんだって。だから、わたしがリチャードとお話するの。お部屋の中にずっと一人でいるのもつまらないでしょ?」 「ああ、別に気にすることはないのに。僕が急に訪ねてくるのがいけなかったんだ」 「ううん、アスベル、とっても嬉しそうだったよ」 ソフィは意外にも、慈しむような表情で微笑んだ。しがらみから解き放たれた彼女は以前にも増して表情が豊かになっている気がする。たまにこうしてラントを訪れたり、あるいはアスベル達からバロニアへ赴いてくれた時。ソフィと会う度に、すみれ色の瞳がまっすぐリチャードを射抜いてくる。 それが少し落ち着かない。けれど、その感覚は決して嫌なわけでもない。 見透かされるようにひたと見つめるその視線が、不思議とくすぐったくなる。子供の頃、アスベルと3人で手を取り合った時ととてもよく似ている感覚だ。 「リチャードは王様だから、王冠だね」 ソフィは籠から花を数本手に取ると、慣れた手つきで編み始めた。 「随分慣れているんだね。よく編むのかい?」 「時々。あのね、シェリアに教えてもらったんだけどね、花にはいろんな意味が込められてるんだって」 「ああ、花言葉だね」 「リチャードは知ってるの?」 編み込む手を休めずに、ソフィはちらりとリチャードを見上げた。 「残念ながら、僕もあまり知らないな」 「そっか」 口調は素っ気無いが、ほんの少し残念そうな声音にリチャードはわけもなく焦りを覚える。 ソフィを落胆させると、少しの罪悪感が胸をよぎってしまうのは何故だろう。 (……だからアスベル達も過保護になるんだろうな) 思わず笑みがこぼれてしまうが、どうやらリチャード自身もあんまり他人を笑っていられる立場ではなさそうだ。 ソフィはまだせっせと花を編むことに没頭している。 少し考えて、リチャードは言葉を選びながら口を開いた。 「あまり知らないけれどね、バラは色によって意味が違うんだよ」 「どうして?」 「さあ、何故だろうね。でも、色によって込められる意味のバリエーションが広がるから、花を贈り合う時には都合がいいんじゃないかな」 「花は意味を込めて贈るものなの?」 「すべてがそうじゃないだろうけれど、そうだね。場合によっては言葉にするよりも多くの想いを伝えられるから」 「ふうん。リチャードはすごいね」 「いや、僕も大した事は知らないから」 「でも、わたしの知らない事を知ってたよ」 いつの間にか手を止めてこちらをじっと見上げるソフィに、リチャードはまた胸の奥底がむずむずする感覚に陥った。ぽっと明かりが灯るような、その手前のような、心地よいぬるま湯に心臓ごと浸されるような。 (ああ、そうだ。こういう感じだ) すとん、とリチャードの胸の中に何かが落ちてきた。 (友達といて嬉しいとか、楽しいとか、大好きな友人とこうして他愛もない話をすることが、とても幸せなんだってことは、こんな感じなのかもしれない) 長い間会わなかった、友情の誓いをした友。再会してからはずっと敵対してきた彼女と、今は本当の意味で互いに触れ合うことができる。 ああ、彼女と今こうしていられて良かった。ソフィが消えなくて良かった、僕が消えなくて良かった。どちらかが欠けてしまえば、この春のまどろみのような心地良い時を過ごすことはなかったのかもしれない。そう思うと胸の中がほっこり温かくなってきて、リチャードは一人微笑んだ。 「僕も手伝おうか、それ」 作業を再開したソフィに思いついたまま声をかけると、ソフィはむっと頬を膨らませた。 「駄目。これはわたしがリチャードにあげる分なの。わたしが作らなきゃ意味がない」 つん、と首をそむけてさっきよりも早い手つきで茎を編んでいく。拒否されてなんとなくショックを受けてしまうのは相手がソフィだからだろうか。 「……じゃあ、そうだ。編み方を教えてくれないか?」 また思いついたままに口を開くと、ソフィはきょとんと首をかしげた。 「どうして?もうひとつ欲しいなら、わたしが作るよ」 「僕が君にあげる分を、自分で作りたいんだ」 どうせ時間もまだたっぷりあるんだろう?と付け加えると、ソフィは訝しげな表情を一転し、今度は満面の笑みを咲かせて頷いた。輝くような表情につられて、自然と笑い返している自分にリチャードは気付いた。こうやって自然に笑顔を浮かべることも、久しく忘れていた事だった。 「あのね、まずはその茎をね……」 人に物を教える機会がなかなかないのか、ソフィは頬を紅潮させて案外熱心に花冠の作り方を教え始める。リチャードも時折相槌を打ちながら、手袋を外して指先の作業に集中する事にした。クロソフィの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。その控えめな甘さが心地良くも懐かしく、自然とラントの裏山の花畑を思い出していた。 こういうのは随分久しぶりだな、悪くない。 心の底からそう思いながら、クロソフィの冠を編んでいく。 ソフィの、クロソフィのようにやわらかな色の髪に映えるように、時折名も知らない白い野花を編み込んでいく。 リチャードは、この子供の遊びのような作業にしばし没頭した。時折他愛もない言葉を交わしながら、ソフィと並んで同じ物を作る。子供の頃には戻れなくても、またこうして子供の頃と変わらない事をしているのがとても可笑しくて、愛しくてたまらない。 「ふたつとも作って、まだアスベルが来なかったら、アスベルの分も作ろうね」 ソフィがほとんど出来上がった冠に最後の仕上げを施しながら、悪戯っぽく笑う。 リチャードもそれに応えるように、少し意地悪な笑みを浮かべて籠の中からクロソフィの花を1輪抜き取った。 「ああ、とびっきり可愛い奴を作ってやろうか」 ちらりとソフィに目配せすると、彼女は楽しそうに笑い声を上げた。 申し訳ないけれど、アスベル。そういうわけだから君はもう少し面倒な公務に追われててくれないかな。 今からこの可愛い友人と一緒に、君にちょっとした悪戯を仕掛けるんだ。せっかくだからとても子供っぽくて、思わず笑ってしまいそうな、とびっきりの悪戯を考えなくちゃね。 100126// カラフルクラウン |