「いやー、ほんとに申し訳ないねぇ」
「申し訳ない、なんてこれっぽっちも思ってないでしょう!」
「あたたたた、シェリア、そこ触っちゃ駄目だってば!」
「あ、ごめんなさい」
「ううー」
 本当に痛かったのかパスカルは珍しく涙目になって、今度は大人しく患部をシェリアに見せた。シェリアは呆れたと言うように肩を竦めて見せるが表情は至って真剣で、再びてのひらに集中して治癒の力を使い始めた。ソフィは大人しくはらはらと事の成り行きを見守っている。
「がんばれシェリア、パスカル」
「うーん、ソフィにそう言ってもらうと元気が出るねえ」
「パスカル、動かないでってば!」
「ほいほーい」
 白い光に包まれ、腕に残っていた傷は少しずつ修復されていく。ソフィは段々もどかしくなってきて、シェリアと同じようにてのひらをかざし、集中し始めた。

 パスカルの戦い方に文句を言うわけではないが、パスカルはたまに無茶苦茶なやり方で戦う。作戦を無視して突っ込むならまだいい。怪我をしたら無理をしないでとあれほど言っているのに、ちょっとした傷なら平気な顔で「舐めれば治るってー」と笑っている。顔に傷がついた時だって、平気だと笑顔を浮かべているものだから、シェリアは気が気でならない。本当に、無茶な事はしてほしくない。これはパスカルに限った事ではないけれど。
「大体、作戦を無視しちゃうってどういうことなのよ」
「だーって、ああするほうがぱぱっと片付くかなって思ったんだもん」
「それならそう言ってくれれば」
「口で言うよりやったほうが早いかなって」
「パスカル、あなたって」
「なになにー?」
「本当にしんっじられないわ」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてませんっ」
 集中が途切れて光がほどけた。パスカルの腕を見ると、随分傷も治ったように見える。後は自然治癒に任せても、数日すれば跡も残らずさっぱりと治ってしまうだろう。シェリアはほっと息を吐いた。
「ソフィ、もう大丈夫よ」
「うん。……パスカル、もう痛くない?」
「痛くない、痛くない。ありがとうソフィ、シェリア」
 底抜けに明るいパスカルの笑顔に毒気を抜かれながら、シェリアもつられて頬を緩めた。こういうところがパスカルの素敵なところだ。後は身だしなみをきちんと整えれば、もっと素敵な女の子になるのだけれど。
「後でヒューバートにもお礼を言っておきなさい」
「弟くん? なんで?」
「覚えてないの? 真っ先に治癒術かけてくれたの、ヒューバートだったのよ」
「ありゃ、気付かなかった」
「パスカル、気絶してたもんね」
「いやはや不覚だったね。魔物に遅れを取るなんて、あたしもまだまだ修行が足りないのかなー」
「もう、そんな事言ってる場合じゃないでしょ。ちょっとは反省しなさい」
「はーい」
 ちろりと舌を出して笑う彼女を、今、ヒューバートが見たらどんな反応をするだろう。

 パスカルが魔物の攻撃に吹き飛ばされ、背中から地面に落ちて倒れる場面が、スローモーションのように見えたのを覚えている。顔色をさっと変えたヒューバートが、対峙していた魔物に何発か弾を撃った後は振り向きもせずに、一直線にパスカルに走っていった。
 あんなに必死に走ったヒューバートを見たのは初めてかもしれない。早く元気になった彼女を見せてあげたいと思うが、同時に、さっきの大怪我なんて無かったかのようにけろりとしているパスカルを見て、ヒューバートがどんな事を思うか、考えるだけでヒューバートに同情する。多分、呆れと憤りと怒りと、それから安堵。アスベルも教官も全く同じような反応だろうけれど、ヒューバートが一番感情を動かされるんじゃないだろうか。
(そんなヒューバートに、パスカルは気付かないかもしれないわね)
 どうにも幼い頃から苦労ばかりしている幼なじみの心情を思いながら、シェリアは一人苦笑した。

「さあ、アスベル達にパスカルが元気になったって伝えなくちゃね」
「うん」
「えー、めんどくさーい」
「じゃあ、先にみんなでお風呂に入る?」
「あ、それもいいね」
「えー、めんどくさーい」
「……パスカル、わがまま言わないでちょうだい」
「シェリアが怒った!ソフィ助けてー!」
「わがままはだめだよ、パスカル」
「ぶー」
 うなだれるパスカルの背を押しながら部屋を出る。と、その時になって初めて、パスカルの服の端が少し破れているのにシェリアは気付いた。怪我をした時に擦り切れてしまったのだろう。改めて見ると、ソフィやシェリア自身の服も、パスカル程ではないがところどころほつれてしまっている。
「……お風呂の後は縫い物ね」
「シェリア、何か言った?」
「ううん、独り言よ」
 シェリアが溜息をつきそうな表情だったので、ソフィとパスカルは互いに目を合わせた。
「何だろうね」
「さあ」
 男性陣が宿泊している部屋に行き着くまで、二人はシェリアをそんな表情にさせている原因を考える。結局いくら考えても何も思い当たらず、夜遅く、シェリアがソーイングセットを持ち出すまで何度も首をかしげる事になった。



100201// 癒しの手