むかし、むかしのおはなし。

 悪しき者が神の力を手に入れ、世界は闇に呑まれてしまいました。
 この悪しき者の名前はなんといったでしょうか。
 確かガノンという名だったと思いますが、定かではありません。ほとんどの伝承では、ただ「魔王」とのみ呼称されています。
 緑豊かなハイラル王国は、ただ闇に蹂躙されるばかり。人々は天に祈り、救いを求めていました。
 どれだけ祈り続けていたか。やがてその祈りに応えるように、一人の若者が現れました。
 森より現れし勇気ある青年は、一人魔王に立ち向かい、世界を闇から救いました。
 時を越えて世界を救った青年を、人々は時の勇者と呼び、その偉業を称えました。

 むかし、むかしのおはなし。

 それから幾度、太陽が昇り、月が沈んだでしょう。
 かつて時の勇者が死闘の末に封印した魔王が、再びハイラルに蘇りました。
 人々は恐れおののき、闇から逃げるようにして身を寄せ合いました。
 伝承の時の勇者の再来を信じて、来る日も来る日も戦い、傷つき、倒れ、祈り続けました。

 しかし、時の勇者が現れることは、とうとう無かったのだそうです。

 ハイラルという国がそれからどうなったのか、どの伝承にもその結末は描かれていません。
 ただひとつ確かなことは、残された民はただ神にのみ救いを求め、祈り続けたということでした。


 それから更に途方もない月日が流れ、時の勇者と魔王の伝承も風化する頃。
 風を操る勇者が、ハイラルに纏わりつく闇をすべて打ち砕き、海の向こうへ去って行ったのだといいます。
 そのお話については詳しい記述が残されていないので、定かではないのですが。



 むかし、むかしのおはなし。

 これは私たちの国、ハイラルに残された確かな記述をもとにお話しできることです。
 今からおよそ100年ほど前、一人の少女が国を――そう、私たちの住むハイラル王国を――作りました。
 海の向こう、遥か彼方よりやってきた彼女は、新天地を求めて旅をしていた海賊だったといいます。
 彼女はこの大陸を見つけ、先住民族によって築かれた文化を尊重し、国の基盤を作り、そして、まつりごとをいっさい知らなかったにも関わらず、よく治めたと聞いています。
 彼女は、この国の名を、遠い昔に闇に呑まれたいにしえの王国の名を借りて、ハイラルと名付けました。
 元海賊の少女は初代女王として絵姿をいくつも残されていますから、今でも城内でそのお姿を拝見することができます。
 謁見の間に掲げられているあの立派なステンドグラスの、金色の髪を持つ少女もそうです。金の髪を頭のてっぺんでまとめ、すっきりと動きやすい服を好んで着ていたという彼女の姿は、とても「お姫様」には見えません。
 もっとも、当時、彼女の側近くに仕えていた忠臣の手記によれば、彼女はお姫様扱いされるのをとても嫌っていたどころか、「ゼルダ様」とでも呼ばれようものなら、蹴飛ばして睨みあげ、訂正させていたのだそうです。

 そういえば、私の名もゼルダですが、これにはきちんとした理由があるのですよ。
 初代女王様は――つまり私の高祖母にあたるお方ですが――いにしえのハイラル王国に代々継がれてきた王女の名を残すため、ひいては伝承の王国の名を忘れないため、王家の姫にはゼルダと名付けることにしたのだそうです。
 伝え聞くお話では、伝承やおとぎ話や過去の感傷などは笑って蹴り飛ばすようなお方のような気がしていたものでしたから、私は心底驚きました。
 ですが、自由な海賊の身でありながら大地に足を着け、国を作ったのも、いにしえの国の名をそのままいただいて我が国を「ハイラル」と名付けたのも、お姫様扱いが大嫌いなのに自ら女王として国を治めたのも――すべて彼女自身の、強い意志から来るもののように思えてなりません。
 もしかしたら彼女は、いにしえの王国について、何かしら思うところがあったのかもしれませんね。

 ところで、私はどうしてあなたにこんなお話をしているんでしたっけ。
 ……ああ、そうそう! そうでした。我が国の兵士の制服の起源のお話でしたね。え? いえ、もちろん、忘れてなんていませんよ。本当です。

 初代女王様のおそばには、いつも緑色の衣を纏った一人の剣士がいたのだそうです。
 彼の名前や、彼が彼女とどんな関係にあったのか、それは何故かどの書物にも詳しくは記されていないのですが……いつか公務の間にでも、お城の書庫で調べてみようかしら。きっと、何か少しくらいは残されているでしょうから。
 さぼりなんかじゃないですよ。本当ですったら!


 彼はもちろん、四六時中緑の服ばかりを着ていたわけではないんですよ。ですが、剣を持って魔物と戦う時は、必ず緑の衣を着ていたのだそうです。
 何故かって? さあ、何故でしょうね。私にもよく分かりません。
 ですがただひとつ、確かなこととして言えるのは、戦う時ばかりでなく、彼女をお守りするように傍に控えているときも、よくその服を着ていたのだそうです。
 それがいつの間にか、王家を守る象徴として、兵士の制服という形で根付いていったのでしょうね。

 ね、素敵なお話でしょう。だからあなたにもよく似合うと思うのですけれど。
 え? まあ、そんな事を言わないでくださいな。確かに、あなたにはえんじ色の帽子と紺色の服のほうが、馴染みがあるのでしょうけれど。
 剣と盾を持って戦っているあなたも、とても素敵でしたよ。本当に。
 ……ええ、もちろん。あなたが傷つくのは、私も嫌です。私も何か、あなたの力になれたらいいのですけれど。

 わかっています。だってあなたは、国公認の機関士ですもの。かの剣士のようになれとは、言うつもりはありません。
 でも、兵士にならなくても……時々はこうして、汽車に乗せてどこかへ連れていってくださいね。
 明日や明後日のお話なんかじゃないです。この先も、私たちが大人になっても、ずっとですよ。
 ね、リンク。約束です。



 ああ、そういえば、ひとつ思い出したのですけれど。

 森より現れ、時を超えて世界を救ったという時の勇者も、緑の衣を纏っていたのだそうですよ。
 女王様をお守りしていた剣士様も、もしかしたらその伝承をご存じだったのかもしれませんね。



121101 // あのときのはなし