瞼を閉じる瞬間、ふとその日の中で一番印象に残った場面がフラッシュバックすることがある。その場面とは決まって私にとっては好ましいとは言えない記憶であり、そしてそういう日は大抵、うなされるほどの悪夢に苦しめられることになるのが常だった。夢はいつも同じ展開を見せる。フィルムに収められた映像を再生するように筋書きの変わることのない夢に、私は何年も囚われ続けている。

 その夢の内容とはこうだ。
 私は背後にブラック・ローズ・ドラゴンを引き連れ、人々を見下ろしている。あまりの恐怖ゆえか彼らの表情は引き攣っていて、赤子ほどの力も持たない弱者のように震え上がっている。炎が上がり、誰かが叫ぶ。その声が耳障りで、私は顔をしかめて、ブラック・ローズに何事かを囁く。美しい龍は首をもたげ、口をぱかりと開く。雄叫びが辺りに木霊する。薔薇の花のような翼が広げられる――

 ここで私はいつも目を醒ますのだ。まるで破滅の瞬間から目を逸らすかのような覚醒に、私はいつも一種の罪悪感のようなものに苛まれ、胸を締め付けられる思いに駆られる。
 刻印のように何度も何度も刻まれるこの悪夢から、私はいつしか逃れることを諦めていたのかもしれない。

「っ……!」

 がくりと揺さぶられるような衝撃が身体を襲ったような錯覚に囚われ、私は目を開けた。
 また、いつもの夢だ。私は無意識に右腕を押さえ、大きく息を吸った。
 呼吸が荒い。意図せず唇が震え、息を吸うことすらままならなくなっている。心臓が痛いくらいに早鐘を打って、鼓膜を直接叩いているみたいだった。煩くてかなわない。騒音を振り払うようにぎゅっと目を閉じると、今度は瞼の裏に、繰り返し見続けているお陰ですっかり焼き付いてしまった光景が浮かび上がる。人々の蔑むような視線。それが蔦のように絡んで消えない。汗で張り付いた髪が不快で、視界を塞ぐ前髪ごと指先で掃った。
 ブラック・ローズの咆哮が耳から離れない。今日の夢はいつにも増して、妙なリアリティがあった。
「……どうして、」
 震える唇からするりと言葉が零れた。右腕を握る手に力が込められる。夜の闇の中にあってさえ、そこに浮かぶ痣はくっきりと見えるようだった。
 どうして私は、こんな力を持っているのだろう。人を傷つけることしかできない、人に忌み嫌われるだけの存在でしかないのに、どうして私が生まれたんだろう。どうして。どうして。どうして。
 渦巻く問いに答える声はどこにもなく、ただ私は震える体を抑えるかのように、右腕をきつく掴むしかなかった。
 その問いかけは久しく忘れていた。いや、考えることをやめていた。
 衝動を抑えられないままに破壊する私を受け止めてくれた人が、そう言ってくれたから。考えなくてもいい。私はただ彼に従いさえすればいいのだと。
 それなのにどうして、私は今になって揺らいでいるんだろう。その疑問に対する答えなら、とっくに出ていた。

“何度でも受け止めてやる”

 昼間ぶつけられた言葉が記憶の中から引きずり出された。
 同情でも恐怖でもない。全てを否定するものでもない。手放しに肯定するものでもない。私はあんな言葉は知らない。知らない。いらない。

“全部吐き出せ!”

 簡単に言わないで。私の中に入ってこないで。
 あの男。忌むべき印を持つ者の言葉が、突き刺すような視線が頭から離れなかった。私を責めるように、蔑むように見てきた人々の視線は何度も夢に見ていても、あんな真っ直ぐな視線を私は知らない。この手足、この力はすべてディヴァインに捧げるものだと思っていた。魔女である私の存在意義を見出せたのは彼の存在があってこそだったのに。それなのにどうして。
「……遊星」
 気付いた時には彼の名を呟いていた。
 記憶の中で煌くスターサファイアの双眸が私を射抜く。強い眼差し。揺るぎなく真っ直ぐに突き刺さるそれは忌々しくも美しく、――ああ、そうだ。認めてしまわなければならない――私はどうしようもなく惹かれている。私の奥底に厳重に封じ込めた小さな私を、簡単に引きずり出してしまいそうな力を秘めて、彼は叫んでいた。私に届かせようとしていた。
 とっくの昔に諦めたはずの光は、私が求める答えは、もしかしたら彼のあの瞳の中にあるのかもしれない。
 私は手を伸ばしてもいいのだろうか。それは果たして、破壊の魔女として生きる道を決めた私に、今更許されることなのだろうか。
 問いかけは水滴のように落とされ、私の中に小さな波をつくる。この夜の静寂の中で、私のちっぽけな問いに答えられる者はどこにもいない。それでも私は眠りに就くことができずに、強く光る青い双眸を必死に思い返していた。何かにすがるような思いで右腕を強く握り締め、細く息を吸う。
 どこか遠いところで、ブラック・ローズの高らかな咆哮が聞こえた気がした。




081214 // 果て無きプラネット
title:LIFE