蝶番の軋む音と共に冷たい風が店内に吹き込んできて、昼間から酒を飲んでいた数人の常連がギョッと身をすくめた。グラスを磨く手を休めて顔を上げると、ここ最近は頻繁に見るようになった二人の少年が丁度店内に入ってくるところだった。黒衣の剣士と幼いギルドの銃士。クリアカンに希望の光を与えてくれた、この辺りではかなりの有名人だ。二人の突然の来訪に店内は若干ざわつきはじめるが、当の彼らは全く気に留めずにこちらに歩んでくる。
「いらっしゃい」
 私が普段そうするように、抑揚の少ない声で呼びかけると、背の小さいほうの少年はぱっと笑顔を浮かべて「どーも!」と返す。
「おじさん、何か暖まるものちょうだい!」
「はい。スープでもお出ししましょうか」
「うん!」
 防寒具に降り積もった雪を払い落とさずにカウンターに座る少年からひとつ離れた席に、連れ添っていたもう一人の少年が座った。一振りの大剣をカウンターの端にもたせかけるようにして置き、一息吐く。先の少年が明るくお喋りなのに対して、こちらの少年は口数も少なく、いつも連れている黒猫を膝の上に乗せてだんまりを決め込んでいるのが常だった。何度か情報収集として誰かと話しているのを見たことはあるが、それすらも最低限の言語しか使用しない。
 この明るい少年が、よくもまあこの人物と一緒に行動できるものだなと感心にも近いものを覚えたのはいつだったろうか。今ではもう慣れっこになってしまって、そんなことなど微塵も考えなくなってしまったが。

「さあ、どうぞ」
「ありがとう!いただきまーす」
 温かいスープを二人分並べてカウンターに置くと、幼い銃士はわあ、これすっげーおいしい、あったまるー!とかはしゃぎながらスープを平らげていく。黒衣の少年もそんな彼に呆れながら、静かにスープを口にしていた。
「おいしいねえ、サバタ」
「……黙って喰え」
「えー、だっておいしいんだもん。これカボチャだよね?ぜーたくだよね、ちょっと前までは全然食べれなかったし。あ、でも最近はボクらがヴァンパイアを退治してるからさ、前よりもマシになったよね。アーネストが言ってたよ、昔は今よりももっと厳しい戦いがあって、暫く芋料理ばっかりだったって。ボクだったらそんな毎日耐えられないよ絶対!……あ、おじさん、パンもちょうだい!」
「……」
 ぺらぺらと喋る少年に圧倒されながら、黒衣の少年は黙々とスプーンを動かす。途中、彼の膝で丸くなっている黒猫がちらりとその様子を一瞥したが、うるさそうに目を閉じたきりピクリとも動かない。
 静かとは決して言いがたい店内であったが、それでもこの少年の声はひときわ目立っていた。私は若干の笑みを浮かべて、注文通り、パンを一切れ少年に差し出す。
「どうぞ、今ミルクを温めています。他にもご注文があればどうぞ。」
「ありがとう!」
「……俺は水でいい。それより、一晩泊まりたいんだが」
「はい、かしこまりました」
「えー、ギルドに寄るって言ってたじゃないか」
「状況が悪いからな」
 黒衣の少年の判断は正しい。何しろ今日は大雪だ。時間はそう遅くはないといえ、もうあまり外出すべきではないだろう。見れば店内の客も、暗くならない内に、と少しずつ減り始めている。
 しかし、それにしても近頃の天気は異常だ。つい最近までは過ごしやすい温暖な気候だったのに、今は真冬のような寒さ。もっと前は、まるで街中全てが干上がるのかと思えるくらい暑かった。どう考えても正常とは言えないこの気候は、やはりヴァンパイアの圧政と同じように人々を苦しめている。昔のような平和な世界が恋しい。そのために、ギルドやヴァンパイアハンターが日々戦っているのだが。
「この異常気象も、ヴァンパイアが起こしたものなのでしょうか」
 私は溜息をついた。
 と、同時に、「ごほっ、げふっ」何かに咽たような咳がすぐ近くから聞こえて、慌てて顔を上げた。あの元気な少年がスープに咽ているようだ。黒衣の少年は一瞬顔を引きつらせたように見えたのは見間違いかもしれない。呆れたように隣の少年を一瞥しただけだったが、彼の膝に落ち着いていた猫が、びくりと身体を震わせる。

 一瞬にして、その場の空気は変わった。ついさっきまでスープ一杯にはしゃいでいた少年は防寒具に積もっていた雪が溶けてシミになりそうなのを気にしだし、黒猫はそわそわと落ち着きがない。黒衣の少年でさえも、静かにスープを啜ってはいるがどことなく浮ついた様子である。
 何だろう。私は何かいけないことを言ってしまったのだろうか。
 疑問に思いながらも、温まったミルクをマグに注いで二人の少年に渡す。
 外では一層風が強まった様子だった。今夜はかなりの冷え込みが予想される。



071230 // 凍りつく世界
元凶は目の前にいます、マスター。