#01


「あっ、レイラさん、丁度いいところに!」
 突然後方から呼びかけられて振り向くと、短いクリーム色の髪をぴょこんと跳ねさせながら少女がこちらに駆けて来るのが見えた。普段落ち着いている彼女にしては珍しく、若干慌てているようにも見える。
「どうした、ニア」
 弾む息も満足に整えられぬまま、ニアは唐突にがばっと頭を下げた。呆気に取られたのもつかの間で、それとほぼ同時に、彼女のソプラノがまるで絶望の淵に立たされた少女の嘆きのように辺りに響く。
「料理を教えてください!」
「……は?」
 突然何を言い出すかと思えば。
「教えるも何も、料理は得意だろう、ニアは」
 思わず溜息交じりになってしまうのも無理はない。食事当番は交代制でやっているのだが、ニアはその当番を買って出るほど料理の腕がいい。長年主婦をやっていたレイラですら感心するほどの味付けと盛り付けは、今更他人がとやかく言わずとも良いレベルだと思っているのだが。
 先の通りを伝えても、ニアは情けなさそうに小さく首を振り、彼女にしては珍しく俯いたまま震える声で呟いた。
「そうじゃないんです。あの、私が教えて欲しいのはクラウディアの料理で……」
「大抵はエルディアと似ているだろう。私はエルディアの味も好みだが」
「違うんです、その……」
 煮え切らない物言いがますます彼女らしくない。「どうした、言ってみろ」と先を促してもしばらくの間はうーとかえーとか言葉にならないうめき声を発して、もしかして病気にでもかかっているんじゃないかとレイラが本気で心配しはじめた頃に、ようやく決心したのか顔を上げた。
「ミートフラン、を、作ったことがないので……」
 後半はほとんど聞き取れないほどか細くなった。結局再び俯いてしまったので彼女の表情はわからないが、クリーム色の髪の間からほんのりと上気した頬が見え隠れする。なるほど。そういうことか。
「ミートフランだな。いいだろう。私で良ければ教えよう」
「本当ですか?」
 思わずぱっと顔を上げたニアのなんと嬉しそうなこと。花開くような笑顔とは正に彼女のためにある言葉に違いないと半ば本気で考えながら、ふと思いついてレイラはきれいな笑みを浮かべて一言添える。
「ただ、レイナス好みの味になるかは保障できないがな」
 それを聞いた瞬間のニアの慌てっぷりに思わず吹きだしてしまったのを一体誰が咎められるだろう。白い頬をたちまち耳まで染めながら、違うんですそういうわけではなく、と何を否定しているのかわからないが同じような言葉を繰り返している。
 彼女の秘めた想いのために一肌脱いでやるのも悪くはない。まずは買出しから始めるか、と声をかけると、ニアは困ったように、でもとても嬉しそうに返事をした。



080425 // ミートフラン