#07


 なんで俺はこんなところにいるんだろう。ザードは情けない気持ちでいっぱいになりながら、溜息を吐くことしかできないこの状況が本気で嫌になりつつあった。
 テーブルを囲むようにして座っている面々に女の姿はなく、男たちはグラスを手に何が楽しいのかただひたすら騒いでいる。卓上のどこを見てもここが宴会の席であることは明らかで、ザードもそういうことは別に嫌いではないのだが問題は別のところにあった。次々と空になるビン。グラスに注がれる液体は透明なもの、琥珀色をしたもの、血のように赤いものまで様々だったが、そのどれもが高級なものであろうことは酒には全く明るくないザードでさえも察することができた。
「呑まないのか?」
 隣でロナードが尋ねてくる。普段の冷静さはまだ残っているものの、このどこか浮ついた雰囲気に呑まれていることは顔を見ずともわかった。
「そっちじゃどうか知らねーけど、エルディアでは俺未成年」
 ぶっきらぼうに言い捨てると、今度は全然関係ないところでおっさん共がこっちを向く。どうでもいいが、30を越えたおっさん連中はもはやまともに喋ることすら怪しいくらいに酔っ払っていた。いい年して恥ずかしくないのか。
「なんだぁ、ボウズ。呑めねぇのか?」
「男ならぐだぐだ言わずに呑め!」
 やんやと囃し立てるその声も酒気を帯びていて到底まともな状態とは言えない。ザードは一瞬本気で鉛弾をお見舞いしてやりたい気分になったが、その衝動を辛うじて抑えこんだ。落ち着け、俺。クールになるんだ。
 しかしそんなザードの努力を知ってか知らずか、酔いつぶれた男たちはグラスに酒をたっぷりと注いでザードに押し付けてきた。
「オラ、呑め」
 ニヤニヤと楽しそうに笑いながらグラスを掲げるのは、この船の船長と呼ばれている男だ。手にしたグラスの中身は透明で、一見すると水のようでもあるが、もちろんこの場でそんなものが出されるはずもないことは充分に理解していた。
「だから何度も言うけど、俺は未成年だって――」
「未成年だろうがなんだろうが、年長者から薦められた酒は黙って呑むもんだろう」
 結構迫力のある表情で再びグラスを差し出されてしまい、ザードは思わず受け取ってしまった。ふと気がつくと、その場に座している男たちは皆一様にこちらのやり取りを凝視しながら事の顛末を見守っている。突き刺さるような視線が痛い。
(ああ、もう……!)
 こいつら、俺が呑むまで解放しないつもりか。
「わかった! 呑めばいいんだろ、呑めば。だからこっち見んな! 勝手に呑んでろよ酔っ払い共!」
 場の空気に溜まりかねたザードはとうとう叫んだ。わっと上がる歓声。早く呑めと囃し立てる声。それらに後押しされるように、ザードはヤケになってぐいと勢いよくグラスを傾けた。
「わ、バカよせ!」
 慌てたように叫ぶレイナスの声が聞こえたような気がしないでもない。が、その瞬間ザードは既に酒を飲み込んでしまっていて、更にその次の瞬間には喉を通る熱さと口の中に広がる独特の風味に思わず咳き込んでしまった。途端に湧き上がる笑い声はやわらかくかつ豪快なものだったが、ザードはそんなものを気にしている余裕はない。
「うええぇっ、何だよコレぇ」
 舌を出して無意識に口内に残る後味を逃がそうとするが、当然そんなことでどうにかなる筈もなく。
「おいおい、情けねえなあ、そのくらいで」
 先程酒を渡した男がニヤニヤ笑いながらがっしりと肩を組んでくる。酒臭い。
「でもまあ、いい飲みっぷりだったぜ。ほら、もう一杯どうだ」
「いい、遠慮する」
「遠慮なんざしなくていいぜ。上等なポポット酒だ。滅多に呑めねえ銘柄なんだぜ、コレ」
 うるせえ、そんなもの知ったことか。口の中に残る変な味に辟易しながら、ザードは再び溜息を吐いた。ああ、なんで俺はこんなところにいるんだろう。酒に弱いことはあんまり知られたくないのに。
「大丈夫か、ザード」
 心配そうに覗き込むレイナスに、茶の入ったグラスを渡される。たった一杯の酒でこんなに心配されるなんて情けないにも程があるぞ、俺。
 胸中で嘆きながらも、ザードは素直にグラスを受け取ることにした。この酒はどうも、俺には合わない気がする。例えこの先酒を嗜めるようになったとしても、これだけはきっと苦手なままでいるに違いない。



080425 // ポポット酒
080613 改稿
私は無意識にザードが好きなようです。