#08


カップの中に注がれた飲み物をずいと差し出されて、ロナードは若干戸惑いを覚える。真っ白で独特の濃厚な香りのするそれは、人によっては好みが分かれるものの、ロナード自身はそう嫌いでもない。それどころか、士官学校時代はそれを毎朝飲んでいたくらいだ。
 いや、しかし。これは果たして俺の知っているものなのだろうか。
「飲まないの?」
 カップを差し出した少女が首を傾げても、ロナードはなかなかそれに手を付けられずにいた。
 エルディアに来てまだそう日も経っていないが、天に浮かぶクラウディアとは環境も全く違うためか、ここ数日で実に多くの物事に驚かされてきた。
 自生する植物や家畜も見たことのないものばかり。当然料理の味付けも異なるので、食事の時は戦いとはまた違った種類の緊張を味わうはめになっている。ついこの間食べたものなんて、一見するとクラウディアでも馴染みのある料理のようで安心して口に運んだ瞬間、全く予想外の味が舌の上に広がって思わず絶句したものだ。経験したことのない類の味と食感の料理よりは幾分かマシかもしれないが、油断していた分ダメージも大きかった。
 だから、故郷でよく見かけたこの飲み物に関しても若干身構えてしまうのは仕方のないことだと言ってもいいだろう。
「これは……ミルク、だよな?」
 恐る恐る尋ねてみると、先程の少女と、がつがつとあまり行儀のよろしくない作法で食事をしていた少年が、いっせいにこちらを見て目を丸くしてみせた。思っていたよりも大きな反応でこちらも虚を突かれる。なにもそこまで過剰に反応しなくてもいいのではと思うが。
「そうだけど……クラウディアにはないの?」
「いや、あるが……果たしてこれは俺の知っているミルクなのかどうなのか判別がつかなくてな」
「ミルクに違いなんてあってたまるかよ」
 いいから飲んでみろよ、うまいから。少年はそれだけ言うと再び皿に盛られた料理を片っ端から口の中に放り込む作業に戻った。
 ミルクだと言うからにはさすがに辛かったり苦かったりするものではないだろう。若干の安堵とともに、こんなことで質問したことが若干気恥ずかしくなる。
 思わず苦笑して、カップの中の飲み物を試しに一口味わってみた。舌の上を転がすように味わってごくりと飲み干したところで、ロナードは若干の違和感を覚えて思わず呟いた。
「これはクラウディアの物とは少し違うな。ミュールーではないのか?」
「ミュールー? ……クラウディアではどうか知らないけれど、エルディアではジバーブのミルクが一般的よ」
「ジバーブ?」
 また聞いたことのない名前が出てきた。どうやらこちらでは一般的な家畜の名前のようだが、どうにもピンとこない。もくもくと口を動かしていた少年がちらりとこちらを一度見てから、
「さっき見ただろ」
 とだけ答えてカップの中身を一気に飲み干した。
 思い返してみれば、先程ちらりと街の中で中型の動物を見た気がする。薄汚れた白い毛とツノを生やした生き物が何頭か、柵の中であるいは眠り、あるいはこちらをじっと見ているものもいた。ひょっとしてあれがジバーブという生き物なのだろうか。機会があればもう少し近くで見てみたい気もする。
 もう一口だけ、ジバーブのミルクを飲み込む。祖国で馴染みのあるミルクよりも濃厚なのに、後味はさっぱりとしていて、どこか懐かしささえ覚える風味は嫌いではなく、むしろ好ましい。
「な、美味いだろ?」
「ああ、悪くない」
 正直に答えると少年はとても嬉しそうに笑って、すっかり空になった自分のカップにミルクを注ぎ始めた。



080425 // ジバーブミルク
081116 - 改稿