記憶ごと闇に沈めて




「よう似合うやん。これで昼夜逆転生活ともおさらばできるなぁ」
 それは嫌味かひまわり。そう言いかけて思いとどまった。実際、日光を浴びるだけで身体中が焼けるというのは不便なことこの上なく、皮肉なことにこの忌々しい衣服は今後ヴァンパイアハンターとして活動するには必要不可欠なものとなってくる。アリスがこの衣服――プロトタイプの棺桶スーツをどのように手に入れたのかは疑問に思うところだが、聞く必要はないだろう。要は役に立つ物が手に入った、ただそれだけのことなのだから。
 夕日の中、久しぶりに太陽の光を浴びて呼吸をする。少し前はこの弱弱しい光でさえ身体には毒となった。多くの仲間を振り払い、師すら失った死者には相応しい仕打ちではあると半ば自嘲気味に受け入れてはいたが、どうもそれでは不便すぎる。この際、ヴァンパイアのために作られた物でも何でも良かった。利用出来る物は利用するまでだ。それはこうして何かと助力してくれているアリスとて同じこと。
「で、ほんまにそれでええの?ヴァナルガンドもまだ使いこなせてないんやろ?」
 手の中に握られた一振りの剣を見下ろす。月の遺跡から発掘されたという剣は無骨な見た目よりも遥かに軽い。それでも、今までまともに扱ったこともない不慣れな剣を振るい続けたために、両手は既にボロボロだった。それどころか剣を持つのに必要な筋肉もついていないので思った通りの行動がとれず、以前は雑魚だと思っていた相手にすら苦戦する始末。更に片目を使えないことがそれに拍車をかけていた。銃士から剣士への転身は想像以上に厳しい。だが、それでも。
「これ以上時間は無駄には出来ない」
「はー、せっかちやなぁ……記憶もまだ完全に戻ってへんのに、無理は禁物やで」
「無理かどうかは俺が決めることだ。棺桶スーツに関しては礼を言うが、今後余計なことは一切口出しするな」
 目的の達成のためには手段は選んでいられない。こうして話している時間すら惜しい。闇の力により死の淵から帰還してからこちら、頭の中はホワイトアウトしていたように記憶を隠していたのだが、それも徐々に戻りつつある。特にここ数日の変化は顕著で、以前蓄えていた知識の数々も思い出し始めていた。
 あとは戦いの感覚を取り戻し、ただひたすらに憎き男を目指すのみ。
「行くぞ、ネロ」
 頭上に向けて声だけを送る。黒猫に似た星霊獣は今までだんまりを決め込んでいたらしいが、ようやく声がかかったかと空中で器用にふわりと立ち上がる動作をした。
「もういいのか」
「ああ、これ以上ひまわりに用はない」
「なっ!その言い方はないんやないの?……ちょっとサバタ!聞いとるん?」
 アリスの手を振り払いつつ、サバタは頭上を仰いだ。夕日は沈み、紺碧の空にいくつか星が瞬き始める頃合だ。昼間も活動できるようになったとはいえ、やはり闇に染まったこの身体は夜になると疼き出す。まるで以前のように太陽の恩恵を一身に受け、銃士として戦う日は永遠に来ないのだと宣告を受けたかのようだ。否、そうでなくてはならない。太陽に愛され、太陽と共にあったサルタナは死んだ。今ここにいるのはサルタナの幻影を背負い、亡き女の幻影に縛られた男だ。
 かつての自分自身の幻影を振り払うかのように、サバタは沈んでゆく太陽から目を逸らし、夜闇に向けて歩き出した。この日最後の陽光を浴びて、ヴァナルガンドの刀身が鈍く輝く。呼応するかのように熱く疼く左目の奥で、サバタは自分自身の幻影を垣間見た気がした。



061227 //夕闇の幻影
先生!関西弁がわかりません!!