ゆめをみたよ、と彼女は呟く。 その肩が小さく震えているのは薄闇の中でもわかった。ゼリグは何も言わない。その代わりに、縺れた桃色の髪を撫でてやる。そういうことしかしてやれない。 「つめたいところで、ひとりぼっちになるゆめ。いっぱいよんでも、だれも来ないんだよ。……たぶん、しぬまで」 「いい、聞きたくない。いい加減黙って寝ろ」 「ねたくないもん」 「明日起きれなくなるだろうが。朝飯食い損ねても知らねぇぞ」 わざと乱暴に髪をかき混ぜてやっても、彼女はいつものように笑わない。 「冬はキライ。あの場所はとてもさむかったから」 小さな呟きが毛布の中でもごもごと聞こえた。 聞こえないふりをして、ゼリグはわざとらしく溜息をつく。 彼女がこうして夜中にゼリグの部屋にやって来るのは、これで何度目だろうか。 何度諭しても宥めても叱っても、彼女は悪夢を見ると必ず、ゼリグのベッドに潜り込んできてじっと息を潜めるように震えている。扉に鍵をかけずに、追い返しもせずに迎えてやる自分も相当甘いのだろう。今日こそは絶対に付き合わないと固く決心しても、身も心もずたずたになっていた過去の彼女の姿を思い出すと、どうしても追い払うことはできなかった。 彼女は時折、毛布にくるまって何かに怯えるように夜を過ごす。小さな子供のように震えて、じっと長い時間をやり過ごす。それでも、どんなに震えて泣いても、翌日になって日が昇ればまたいつものように笑う。食事も摂るし、わがまま言うし、くっつきたがるし、あちこち駆け回る。 お世辞にも健全とは言えない不定期なサイクルに、ゼリグはいつもわずかな苛立ちを感じる。 違うだろ、お前はそんなんじゃねえだろ。 いつもバカみたいにへらへら笑って何でも幸せそうに食ってりゃいいんだよ。頭も良くないくせに一気に色んな事考えるな。ていうか人の部屋でうじうじすんな。真夜中に男の部屋に入ってくるな。色気も何も無いとは言えお前は仮にも成人してる女だろうが。 たまにそう怒鳴りつけてやりたくなるけれど、苛立ちをぶつける代わりにゼリグは彼女の髪を撫でて、彼女が好きなものを与え、彼女の名前を呼ぶ。 「カーヴァイ」 しっかりと骨の髄まで届くように、ひとつずつ、ゆっくりと発音してやる。彼女の肩はまた小さく震えたが、毛布の端からそっと顔を覗かせた。 「今のお前は“カーヴァイ”だろ。もう何も心配する事はねえよ」 ゼリグが最初に彼女に与えてやったもの。ひとりぼっちで死を目前にしていた彼女の手を取って、新しい名を与えて、ここまで連れて来たのは自分だ。 大陸一の頭脳と謳われ、戦闘力に於いても帝国ナンバー2の強さを誇るゼリグが、こうしてわざわざ傍にいて、髪を撫で、戦う術まで教え込んだ。死の心配をする必要なんて、これっぽっちもないのだ。 「ほら、自分の名前を言ってみろ」 「……カーヴァイ」 「所属と地位は」 「ニンテルド帝国、六将軍、の、ひとり……」 「そうだ。お前はこの先一人になる事なんて無い。周りにどんだけ仲間がいると思ってるんだ。お前はカーヴァイだ。いちいち過去なんか見るな。前だけ見てりゃいいんだよ。どうしても駄目な時があればまたいくらでも付き合ってやる。だから今日はもういい加減に寝ろよ。お前はただでさえ朝に弱いんだから」 一気に言い終えると、ゼリグはさっさとカーヴァイに背を向けた。 闇の中で分かりづらいとは言え、涙に濡れた赤い瞳をこれ以上見るのは嫌気が差す。 背に触れるぬくもりがごそごそと身じろぎするのを感じつつ、ゼリグは目を閉じた。 「ゼリグ」 「あ?」 「ちゃんとねるから、もうちょっとだけ、なでて」 「……ガキじゃねえんだから大人しく寝ろよ」 「じゃあ、手、にぎってもいい?」 ゼリグはもう何も答えなかった。 どうせ拒否したところで、勝手に手を取って一人でにまにまして勝手に眠りに落ちる。そういう奴なのだ。カーヴァイは。 予想通り、ゼリグが何かを言う前に、カーヴァイは両手でそっと、あたためるように手を握った。 しんとした冷たい夜の暗闇の中で、手のひらを包むやわらかなぬくもりが妙に心地良い。感じていたかすかな苛立ちもどうでも良くなったのが少し不思議だった。 「カーヴァイね、あのときゼリグに見つけてもらえて、ほんとうによかった」 弾むように囁く声を聞きながら、ゼリグはゆるゆるとまどろみの奥に身を任せていく。 暗闇の中でカーヴァイの吐息が聞こえる。 こうして時折ベッドに潜り込んでくるうちに知ったことだが、冬の冷えた空気の中でも彼女の手足は冷え切ることはなく、いつだってふわふわとあたたかいのだ。 111211 // 星のない夜 ・妄想1:カーヴァイは帝国に来てすぐくらいはちょっと不安定な時期があったりしたのだろうか ・妄想2:ガチで落ち込んでる時は「☆」をつけないで喋るんだろうか ・でもそういう顔を見せるのはゼリグの前だけだといい ・ゼリグはカーヴァイの相手は時折色々とめんどくさがってるといい。でもつい構っちゃう。 |