自分よりも少し小さなてのひらに触れ、そっと握る。そうすると、彼女はすぐにその細い指に力をこめ、応えてくれる。 彼女と手を繋ぐのは、これで何度目だろう。 城から連れ出したとき。天に帰っていく賢者を見送ったとき。何度かお忍びで遊びに行ったとき。 そのたびにこうして手を取っていた気がするけれど、離した瞬間、彼女のてのひらの温度をすぐに忘れてしまうような気がして、ちょっとだけ胸の奥がすうすうする。 もう少しだけ力をこめると、この国のお姫様はふつうの女の子みたいに、眉を寄せて困ったように笑った。 「痛いです、リンク」 痛くしてるんだよ、とはなんとなく言えず、代わりに「ごめん」と一言だけ謝っておいた。 二人で魔王を倒したのはずっと前のことなのに、未だに彼女に触れられることがときどき、どうしようもなく信じられなくなる。 他の人たちから見ると、ゼルダは高貴で心優しい、いつも民のためにあるお姫様なんだろうけど。オレにとってのゼルダは勝気で、少しわがままで、誰よりも一生懸命で――そして誰にも見えず、決して触れることができない女の子という印象が強いから。 言葉とは裏腹に力を緩めないオレを、少し不思議に思ったのかもしれない。ゼルダは不意にオレの顔を覗きこんできた。 「どうしました? なにか悩み事でも?」 「ん、なんでもないよ」 とっさに笑って返しても、ゼルダはまだ困ったように、不思議そうにオレの目をまっすぐに見る。 「本当に?」 「ほんとだってば。疑り深いなあ」 「言っておきますが、私に嘘ついてもだめですからね。……気付いてます? リンクがこうして黙り込むときって、大抵ものすごーく悩んでいるときか、もしくは何か考え込んでいるときなんですよ」 「えっ、マジで」 「本当です。神の塔でマップを見つめたまま黙ってたときなんてわかりやすかったですもの。仕掛けを解くためにずーっと悩んでたじゃないですか」 得意げに笑うゼルダにつられて苦笑してしまい、指にこめられていた力もするりと抜けていった。 その代わりに、今度はゼルダの方からぎゅっと力をこめてくる。 「ねえ、リンク。何か悩んでいるなら、私にも聞かせてください。私では力になれないかもしれないけれど、でも、少しはあなたのお役に立ちたいです」 真摯に、まっすぐに青く透き通る目に見つめられると、途端にオレは何も言えなくなるのを、ゼルダは知っているのだろうか。 「覚えてますか? 神の塔で、いいえ、その他にも色んな場所で、私たち、一緒に色んな苦難を乗り越えてきました。――ほとんどあなたのひらめきが頼りでしたけど――でも、私も少しは力になれたと自負していますわ。私だって力になれます。だから何かあれば遠慮なく言ってください。私に出来る限りのことであれば、何だってしますから」 オレが何も言わないのをいいことに、ゼルダは一息にそう言って、小さく息を吸い、吐いた。 割と至近距離での熱弁だったので、その小さな吐息に乗せられた音すら耳に届く。 オレは少し呆気に取られていたけれど、ゼルダがあまりにも真っ直ぐだったもので、別に本当に悩み事なんてないしゼルダが気を負うほどの何かがあったわけでもないと伝えるのが遅れてしまった。 「……ありがとう。その気持ちはしっかり受けとっておく」 今更訂正するのもなんだか面倒になってきた。ので、オレはとりあえず王女様のお心遣いに感謝の意を述べることにしておいた。 が、ゼルダはそういうオレの態度が少し気に入らなかったらしく、ほんの少し頬を膨らませて眉を上げてみせた。 「まあ、遠慮なんてしなくていいのに」 「別にしてない」 「してますわ」 「してないってば」 「してますー」 いつの間にか繋がっていた手は離れ、平和な昼下がりの午後にはとても似つかわしいどうでもいい応酬が交わされる。 さっきまで繋いでいた手がなんとなくすうすうして落ち着かない。 オレはそれがとてつもなく残念でならなくて、不意に「じゃあさ、」と話を切り替えた。 「遠慮せずに言うけど」 「ええ、どうぞ」 「手を繋いでもいい?」 オレの言葉がよっぽど想定外のものだったのだろう。ゼルダは大きな青い目をぱちぱちとまたたかせてきょとんとしていた。 けれど、それからすぐに「いつものふつうの女の子」の表情に変わって、びっくりするくらいふんわりと、きれいに笑ってみせる。 「ええ、どうぞ」 そんなこと、わざわざ許可をとらなくたっていいのに、とくすくす笑われたけれど、オレは気にせずに手を差し出し、彼女の体温を握りしめる。 やっぱり、なんか落ち着くな。 口には出さずにそれだけを思って、オレは繋いだ手にほんの少しだけ力を込めた。 110324 // 繋ぐ手 121105 - 改稿 ラスボス戦のあと、どちらともなく手を繋ぎあう二人が好きです。 やっぱり汽笛リンクは一人称「オレ」がしっくりくる。やんちゃっ子なイメージ。 |