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ボクらの太陽/本編前の捏造
「おかえりなさい」
 扉をくぐると同時に聞こえた声にリンゴは当惑した。時刻はとうに真夜中を過ぎ、朝日が昇るまで数刻とない頃合である。見れば、声の主である女は夜着にも着替えずに昼間見たのと同じ格好、同じ場所で静かに座していた。
「マーニ、こんな時間までずっと起きていたのか?」
「ええ。今回はその日の内にお帰りになるとのことでしたから」
 女は笑顔を浮かべた。咲き綻ぶような笑顔もどこか弱弱しく、リンゴは歯噛みして目を逸らす。

 女王ヘルに愛息子が連れ去られたのは遡ること数ヶ月前のことである。よもや殺されはしないかと絶望に駆られたが、マーニの「姉様はサバタを殺しはしないはずです」との言葉を信じ、それでもじっとしてはいられずに捜索を始めたのだった。せめてもの救いは、子供のうち1人は残されたままだということであろうか。まだ言葉も満足に喋れないうちから兄を奪われた幼子は、兄を失ったことすら理解していないだろう。毛布にくるまって、母の腕の中で健やかに眠っている。指先で頬に触れてみても反応を示さないが、あたたかくやわらかな感触に、蓄積された疲労が和らぐ気がした。
「リンゴ様、外は寒かったでしょう? ……まあ、こんなに冷たくなって! 今すぐお茶を淹れますね」
「ああ、頼む」
 ソファに腰を下ろして、リンゴは人知れず溜息を吐いた。
 どれだけ捜索しても、見つかるどころか手がかりさえ得られない。マーニも寂しい思いをしているだろうに、何も言わずに帰りを待ってくれている。今はまだいいだろう。だがいずれこんな生活にも限界が来ることを考えると、歯痒さばかりが募って叫びだしたくなる。数ヶ月前、目の前でサバタが攫われた時、何故阻止できなかったのだろうか。あの日自分にできたのはただ怒りと悲しみに暮れて、感情のあまりに壁を殴りつけただけだった。情けなさと悔しさに支配された頭は何の機能も果たさず、師匠に止められるまで延々と息子の名を叫んだ。不甲斐ない自分に腹が立つのは今も同じ。自分はまだ、すべきことを何一つ成し遂げられずに同じ場所で足踏みしている。








バテンカイトス2/マーノのお話
 ごめんなさい。
 何度も何度も、浮かぶ言葉を反芻しては泣きたい気持ちに襲われた。
 本当の兄弟のように接してくれた仲間たちを思い出す。すっかり埃をかぶり、色褪せた記憶の残滓を掻き集めるのは容易ではなかったが、やはり改めて思い出してみると、自分は本当に古代の人間であるということを実感させられる。
 まだ幼かった頃、泣きやまない自分をおぶってくれた大きな背中とか、内緒話を囁く時の輝く目元とか、そういうなんでもない小さなことばかりを思い出して、思わず笑みをこぼした。
 嗚呼、何故今まで忘れていられたのだろう。自分を構築してきた日々のすべてを。あたたかいてのひらの温もりすら。
 こんなにも大切で輝かしい記憶を、何故思い出さなかったのかと己を叱咤する。
 優しく名を呼んでくれたあの声を、永遠を誓った絆を、共に味わった苦痛を、もう少しで自分は、忘れ去って風化させてしまうところだったのだ。

 でも、思い出せた。全てが消え去ってしまう前に、かつての記憶のかけらも、自分が何者だったかさえ、今はこうしてしっかり記憶に焼き付けている。
 あの誓いを嘘にはしない。もう二度と忘れはしない。
 名を呼ぶ優しい声を思い出す。遠い記憶の彼方で薄れかかった声は、男のものとも女のものとも判断しづらい。けれどその声音はどこまでもあたたかく、泣きたいほどに懐かしかった。魔法が苦手だった自分に剣の手ほどきをしてくれた兄が、怪我をすると泣きそうな表情で怒る姉が、いつまでも子供扱いをしてくる兄弟達が、あの思い出の美しい丘が、今では鮮やかに思い出すことが出来る。

「マーノ」

 誰かが名を呼ぶ。その声は悲しみにも似た決意を孕んでいて、少し震えているようにも聞こえた。
 彼らが信じる正義のために、もしもこの両腕が必要だと言うのならば、喜んで差し出そう。そうだ、今度は間違えはしない。今共に戦う仲間達は、こんなにも脆く、弱く、そして眩しい程に強い。あの凄惨な神々の戦いの記憶すら、受け止めてくれたその強さがあれば、きっと戦い抜くことができる。そう信じている。
 我が名に誓う。
 マルペルシュロが一人、マーノは、かつての兄弟たちに安息の眠りを約束すると。








創作/幻想的な雰囲気の模索
 ゆったりと流れていく景色は四角に切り取られているので手を伸ばしても届かないのですが、私はそれをなんだか無償に掴みたくなったので試しにガラス越しに遠くの花を撫でてみました。そうすると、やわらかい風が一陣吹いて花を撫でていくのが見えたので、私は随分と気分が良くなったのです。向かいにゆったりと座っている男が、私に話しかけてきたのは、ちょうどその時でした。
「ありゃあ花ではありませんよ、花のように見えるが、単に魚が群れてるだけなんです」
「魚ですか」
「そうです。いやなに、気を落とすことはありませんよ。花ならもっとずっと先に行ったところにいくらでも群れてますからね。ところでお兄さんはどちらまで?」
「私は終点まで行くつもりです。あなたは?」
「すぐ降りますよ。丁度次の駅です。ちょいと月を取りに行こうかと」
「ああ、もうそんな時期になりますか」
「ええ。今回のやつは出来がいいので、磨く手間も随分省けます」
 私は男の持つ黒い鞄が、月を磨く布と収穫する道具のどちらを入れてあるのか気になってしかたありませんでした。そこまで詳しく尋ねていいものかと悩んでいるうちに次の駅に着いてしまったので結局聞かずじまいになってしまいましたが、次にまた会った時に尋ねればいいのだと思い直し、歌を口ずさむことにしたのです。








遊戯王/杏子のその後を書き散らしたものの一部
 日常のサイクルを壊すきっかけなんてものは、ある日突然舞い込んでくるものだ。
 一通の手紙をポストの中から見つけた時、まるで雷に打たれるような衝撃をうけたのは、まさにこれが自分の人生に大きく影響するきっかけなのだと本能が察知していたからなのかもしれない。そして結論から言えば、この手紙は紛れもなく、真崎杏子の人生に大きな影響を与えるきっかけになったものだった。

 鮮やかなトリコロール・カラーが淵を彩るシンプルな封筒には、綺麗に整ったローマ字で杏子の名前が綴られている。
 その左上に記載されている懐かしい町の名前に郷愁をおぼえて、色あせかけた記憶が蘇った。そのほとんどが高校時代の仲間たちと過ごした、濃密で充実した思い出で占められていたのは、単に思春期時代の良き思い出であるという理由だけではない。
 冗談でも大げさな言い方でもなく、今こうして杏子がアメリカにいられるのも、高校時代の仲間たちのおかげだと杏子は信じて疑わない。彼らと共に過ごし、彼らに勇気をもらったからこそ、何年も追い続けた夢を掴み取ることができた。感謝してもし足りないくらい、彼らにはたくさんの大切なものをもらったのだ。
 みんな今頃は何をしてるんだろう。
 こちらに来たばかりの頃はメールのやり取りも多かったが、最近では日本の友人とはそう頻繁に連絡を取る時間もなく、またあちらからも遠慮してからかコンタクトの回数は減っていた。ブロードウェイのミュージカルで主役をやるまでにはまだ至らないが、着実に夢への階段を上りつづける杏子の邪魔にならないようにとの配慮なのだろう。そんなことを気にしてほしくはないと思うが、かといってかなりの時間を隔てた今、懐かしい友人にメールひとつ送るのにも勇気がいることで、自然と疎遠になってしまっていた。
 だからこそ、このたった一通の手紙を見た時の衝撃は大きい。この手紙から久しぶりに故郷の香りを感じられるような気がして、杏子は大事に手紙を抱えたままアパートメントの扉を開けた。今ではすっかり慣れたアメリカの空気は、すっかり杏子の身体に馴染んでいる。鞄を置いてソファーに腰掛け、再び送り主の名前に目を落とした。








VOCALOID/カイトとミク
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
 休日の気だるい午後を、ただテレビを見ながら過ごしていたところにミクが勢いよく駆け込んできた。その涼やかな声はソファーにだらりと腰掛けていた体勢を整えさせるには充分で、カイトは思わず、その姿がリビングに現れる間もなく姿勢を正してしまう程だった。
「どうしたんだ、ミク。そんなに慌てて」
「これ見てっ、これ!」
 ミクは若干興奮ぎみに、買ったばかりらしい雑誌をこれでもかというほどに開いてみせる。促されるままに覗き込んでみると、そこには可愛らしいミクの姿がかなり大きく取り上げられていた。「今をときめく歌姫のファッションに注目?」いつもカイトたちが受ける雑誌とは違うアオリ文に一瞬だけ違和感を感じて、一瞬考える。
「これ、この間取材受けた雑誌の?」
「うん、私がよく買ってるファッション誌の。こんなに大きく写真載せてもらえるなんて思わなかった!」
 なるほど。ファッション誌か。カイトは納得して、改めてミクの写真を見た。
 女の子向けファッション誌の冒頭十数ページ目に、堂々と、それでいて愛らしい笑顔で白いワンピースをひらめかせるミクは、誰が見ても文句のつけようがないくらいに可愛い。裾がやけに眩しく感じられるのはスカートの丈のせいではなく白が光を反射する色だからだ。多分。
 そういえば、この雑誌は毎月女優や歌手などのファッションを取り上げる特集記事があるのだと以前ミクが話していたっけ。ミクが憧れているという女優の特集記事が載っていた時などは特に楽しそうにしていたのを記憶している。
 ミクは見る側から一変して、彼女と同じ立場になれたことがよほど嬉しかったに違いない。
「すごいじゃないか、ミク」
「うんっ!」
 ミクは嬉しそうに笑う。写真の中の大衆向けの笑顔がかすむような表情に、思わずカイトも微笑んでしまった。








フライハイトクラウディア/レイナスとロナード
 ざくり。
 耳障りな断末魔は赤い飛沫の中に溶けた。頭部を一閃された巨大な獣は、己の身に何が起きたのか理解できないといった様子であっさりと絶命する。斬られたのは一箇所ではない。一瞬のうちに数箇所を引き裂かれた胴体からは、体液がいっせいに抜け落ちていく。
「相変わらずエグい真似するなあ」
「一瞬で殺してやってる優しさを買え」
 どんな任務も無表情でこなす親友にしては珍しく、その口許には笑みが浮かんでいる。おや、と首を傾げる間もなく、ロナードは大剣を構え直した。
「また来るぞ」
「そうみたいだな」
 こちらもうかうかしていられない。二対の剣を構えて、耳障りな雄叫びを上げる獣に斬りかかった。








フライハイトクラウディア2/ラナ
「あっれー、おじさまったら、どこに行ったのかしら」
 きょろりと船内を見渡しても、それらしき姿は見当たらない。さっきまでそこにいたのに。
 近くの船室を覗いても、デッキに出てもいない。何か用事でもあったのかしら。船が動いている以上どこかにいるはずだけれど、目的地につくまでに捜さないと、彼は街に着いた途端に突然単独行動をとることがある。渡したいものは今のうちに渡しておかないと。
「今回のは自信作だもんねー」
 両腕に抱えた紙袋の中身を覗き込みながら、レーヴェに話しかける。この子に話しかけるのは癖みたいなもので、お姉ちゃんにはたまに呆れられたりするけど、一朝一夕で治るものではないし何より私はこの子を単なる古代遺産だとは思っていない。この子がいないと、私は満足に魔法も使えないもの。
「そうだ、今度はレーヴェにも作ってあげるね!」
 いつもお世話になってるお礼! と私が笑うと、レーヴェのコアがちかりと光ったような気がして私も微笑み返した。








OZ/7話終了後から合流までのジュジュ
 腹立たしい大っ嫌いあたしなんて死んじゃえばいいのにこれじゃ呪われてたほうがまだましだったわそれなのにアイツのせいでアイツがあたしを開放なんかしたからアイツが。
――ああ、煩いわね。あたしは何をしたいのよ。
 アイツが悪いんじゃないのよ。知ってる。誰かのせいにしたいだけなんだわ。
 こんな思考に走るあたしが嫌い。
 これも防衛本能だというのなら、神なんてクソくらえだわ。








歪みの国のアリス/1〜2章あたりの猫アリ
 ふわあ、と欠伸が漏れる。歩かなくていいって、退屈。だけどとても便利だ。
 ああ、毎日の登下校もこんなに楽できたらいいのに。――だからって、元の身体に戻りたくないわけじゃないけど。
「どうしたんだい、アリス」
「え、あ、うん。なんでもない」
 あなたが歩いているのに、私はくつろいでいたのよ、なんて言えるわけがない。
 猫の肩の上はとても居心地がいい。安定しているし、あたたかいし、ケモノの匂いも嫌じゃない。こういう感じは、春の昼下がりに、猫(もちろん四本足で歩く猫の方だ)を撫でている時とよく似ている。
「ねえ、チェシャ猫」
「なんだい、アリス」
「もしも私が眠っちゃって、あなたの肩の上から落っこちても、見捨てないでちゃんと拾って頂戴ね」








黄金の太陽 失われし時代/レムリア到着直後のピカード
 閉じていた目をゆっくりと開く。真新しい墓は先刻と同じように変わらず目の前に佇んでいたが、もう涙は出なかった。静か過ぎる草地には古びた墓が多い。この母の墓石以外は、ほとんどが苔が生え、亀裂が入り、字は風化して読めないものばかり。この国では死者は早くに忘れられていくのだ。外界の人々よりもずっと早く。
 レムリアは美しい。他に類を見ない、美しい国だと思う。人々は穏やかで、長命。病も争いもなく、何もかもがゆったりと過ぎていく。他人の死さえ、目の前を流れていく些細なことと大差ない。そもそも「死」という言葉がこの国では忘れられている。
 恐らく母も同じなのだ。この国でひっそりと死んでいった彼女は、誰かの記憶に留まり続けることはなく。死した瞬間から、「死」という言葉と共に、人々から忘れ去られていくのだろう。