「どうしよう、メイコ姉! レンがいないの!」
 いつも明るい笑顔を絶やさないリンが泣きそうな表情でリビングに駆け込んできたものだから、メイコは思わず飲んでいたコーヒーを零しそうになった。
 慌ててローテーブルにカップを置いたところに、リンが全力で突っ込んでくる。避ける体勢が整っていなかったので一瞬ガードしそうになったが、ただ単に抱きついてきただけだとわかると、すがりつくリンの背に腕を回してやさしく撫でてやった。
「どこかに出かけるなんて聞いてないしメールしても返事が来ないし書置きもないしどうしようもしレンがどこかで壊れたりしてカラスにつつかれてたりしたら! それとももしかして宇宙人にさらわれたりしちゃったのかなねえそしたらあたしどうしたらいいと思うメイコ姉!」
「リン。落ち着きなさい」
 早口で喋るリンの頭をぺしんとはたくと、一拍の間を置いた後にみるみる間に両目に涙を溜め始めた。これにはさすがにメイコも驚いて、慌ててリンの頭を撫でてやる。
「大丈夫、私たちはそこらへんで突然壊れたりするようなヤワな身体はしてないし、宇宙人なんて一度だって地球には来てないわよ。メモリー検索はした?もしかしたらレンが何か言ってたかもしれないでしょう」
「メモリーなんてもう4回は検索したもん。でもやっぱりそんなデータ残ってなかった」
 とうとうリンの目の端から涙が一粒零れた。メイコは小さく溜息を吐いて、リンの髪を撫でて涙を拭いてやる。
「じゃあ、仕方ないわ。どうしてもっていうならGPS検索をかけることね」
「うっ……ぐす……もうそれしかないのかな」
 ボーカロイドにはGPSが搭載されている。それは緊急時にいつでも対処できるように開発の段階から取り付けられていたもので、現在メイコたちがどこにいるのか、どのような状態なのか、24時間本社で把握するための機能だ。勿論、本社の方だけでなく、ボーカロイド同士でもその機能を利用してお互いの場所を探ることもできる。とはいえ、なんとなく他人のプライバシーを侵害してしまうようで、滅多なことでは使わないようにしていた。
「どうする? やりづらいなら私がしてあげましょうか?」
「……ううん、いい。あたしがする」
 涙を拭って、リンは目を閉じて深呼吸をした。スタジオに入る前にリンがよくやっている行動だ。落ち着くためのおまじないのようなものらしい。メイコはなんとなく複雑な気持ちになって、溜息を吐いた。

 ――少しして、キュイン、キュインとかすかな音がリンの体内から聞こえ始めた。
 検索機能なんて、メイコでさえ過去に1、2度しか使用したことがない。連絡手段が発達した昨今では、普段の生活にさほど必要性の感じられない機能だとメイコは思う。恐らくリンは初めて使用するに違いない。そうまでして探そうとするなんて、リンにとってレンはなくてはならない存在なのだと改めて感じさせられる。
「双子ってそういうものなのかしら」
 リンには悪いけれど、自然と頬が緩くなるのを抑えることはできない。こども染みて可愛らしい執着だ。私もちょっとは見習うべきかもしれない。……だからといって、この機能に頼ろうとは思えないけれど。

「……みつけた」
 幾許もしないうちに、リンはぼんやりと呟いた。
 閉じていた瞼をゆるりと開く。瞳はどこか夢見るように、少しの間虚ろに彷徨っていた。検索にかかった負荷のせいだろうか。短時間でそう重い負荷はかからないと思ったけれど。
 少し首を傾げつつも、メイコは口を開いた。
「良かったわ。それで、どこにいたの?」
 メイコの問いに、リンはやけに緩慢な動作でメイコを見つめ、そして視線を逸らした。
「言いづらいの?」
 まさか、本当に壊れているとか。恐る恐る尋ねてみると、リンは暫く躊躇うように視線を泳がせたあと、やがて観念したかのように小さく口を開いて、ぽつりと答えた。
「……コンビニ、みたい」
「コンビニ?」
「うん。それも、ここから徒歩5分のとこの」
 恥ずかしそうに小さな声で答えるリンに、メイコはただ脱力するしかなかった。
 そりゃあ近くのコンビニにちょっとでかけるくらいでいちいち書置きなんて残さないに決まっている。電話やメールにしたって、レンのことだからきっとまたマナーモードにしたまま上着のポケットに突っ込んだりして、雑誌の立ち読みに夢中になって気付かなかったに違いない。
「なんか、ごめん。勝手に騒いで」
「いいのよ、別に」
 何も大きな問題がなかったのならばそれでいい。あとでレンが帰ってきたら、あまりリンに心配をかけさせないように言っておこう。
 しゅんと落ち込むリンの頭をもう一度撫でてやってから、メイコは置き去りにされたカップに手を伸ばし、すっかり冷めたコーヒーを、優雅な所作で啜った。



080616 // 迷子検索機能
090119 - 改稿
人家で働くアンドロイドならGPSついてそうっていうだけの話
最初ミクで書いてたけど、リンと一緒になって慌てるだけだったので急遽姉さんに来ていただきました。