リビングで紅茶を飲みながらお気に入りのクッションを抱きしめる。休日の昼下がりにはミクは大抵こうやってぼんやりと過ごすことにしていた。いつも歌や撮影などで忙しいぶん、何もすることがないと反動でぼんやりとしてしまうせいなのかもしれない。メイコ曰く、人間だろうと機械だろうとたまにはそういう時間も必要なのだということらしいから、当分の間、休みの日はこうやって過ごすんだろうとミクは確信している。ただし、最近は家族も増えたこともあって、リビングではまったりと過ごすことがほとんどできず、代わりに自室でやるようになっていた。あの大きなソファーから離れなければならないのは非常に心残りだが、代わりに新調したばかりのシーツに飾られたベッドがあるのだから、とミクは自分自身に言い聞かせていた。
 そして今日も、いつもと何ら代わりのない久しぶりのまったりした休暇を楽しむ――はずだったのだが。
「……ねえ、お兄ちゃん。そろそろいいでしょ?」
 ミクは自室にいるにも関わらず、居心地の悪さを感じてとうとう振り向いた。今日はいつもとは違う。お気に入りのクッションも、好みの葉を使った紅茶もない。けれどそれ以上に違うのは、この部屋に今部屋の主を拘束する者がいるという点だった。
「だめ。もう少し」
「さっきもそう言ってたじゃない」
「んー」
 そう言ってミクを自らの腕で拘束したまま、カイトはミクの肩に顎を乗せる。下手に振り向いていたものだから、カイトの顔が急に接近してきて、ミクは慌てて前を向いた。視界の端に映る青い髪と肩にかかる重さがやけに気になるが、決して不快だとは感じない。 「もう少しだけ、ね」  追い討ちと言わんばかりに囁かれる低い声。ミクの鼓動が途端に跳ね上がった。
 背中にぴたりと触れる体温が心地良く、同時に居心地の悪さをも生み出している。腹部に回された腕は何かに固定されたかのように力強くミクを縛り付けていて、いくらミクが頼み込んだところでカイトの拘束が緩むことはないのだと言外に伝えているようだった。
 互いの距離がゼロだと言ってしまっても差し支えの無いこの状況では、相手の小さな動作すらも敏感に感じ取ってしまう。たとえば呼吸のたびにかすかに上下する胸とか、頬に触れる髪の感触とか、抱きしめなおす腕の動作とか。そしてそれらを意識すればするほど、ミクの体温は上昇して、心臓はそのペースを上げ続けてしまう。
「ねえ、お兄ちゃんってば、」
 ミクは泣きたくなるような気持ちになりながらも、何度目かもわからないささやかな抗議をした。このままではほんとに本当の意味で壊れてしまいそうだ。それなのに、カイトは。
「まだ、もう少しだけだから」
 残酷なほどにやわらかい笑顔を浮かべて、ミクの祈りにも似た懇願を、あっさりと丸め込んでしまった。

 いつもなら休日はゆっくりと過ごすはずなのに。お気に入りのクッションと紅茶がミクの疲れた身体を慰めてくれるはずなのに。

 そう思ってはいても、ではそのために叫んででもカイトを追い出すのかと問われれば、最初からその選択肢はないということもミクは気がついていた。勿論カイトがミクの休日の過ごし方を知らないわけではない。だから余計にミクは、カイトの一挙一動が気になるのだった。
 カイトがこうしているのは、単に妹と休日を過ごすためなのか。それとも、何か他の意図があるのか。
 いずれにせよ、ミクにできることはたったひとつだけだ。
「……じゃあ、ほんとにあと少しだけね」
「うん」
 心なしかさっきよりも強くなった腕の力に戸惑いを覚えながら、ミクはそっと背を預けた。そうして身を預けてみれば、カイトの腕の中は以外にも心地良く、ぎこちなく固まっていた身体がほぐれていく。あれこれ考えたところで、最終的には兄の要求に応えることになるのだ。ミクはそっと目を閉じた。休日くらい、難しいことは何も考えたくない。



080518 // 休日の過ごし方
080616 - 改稿