どこからか猫の鳴き声が聞こえた気がして、私はふと足を止めて耳を澄ました。
 急に立ち止まった私にヴァイルも怪訝に思ったのか、どうしたの、と振り向く。
 問いかける彼の声が以前よりも低くてまだ耳に馴染めない。その違和感を振り払うように「猫の鳴き声がした」と茂みを指差してみると、彼は子供のようにぱっと笑みを浮かべた。
「そういえばこの辺だっけ」
「うん」
 私は頷いた。
 サニャに教えてもらった猫の溜まり場を私とヴァイルがよく訪れていたのは、つい数ヶ月前の出来事だった。成人したとは言え、子供の頃の好奇心がすべて鳴りを潜めてしまったわけではない。私も彼と同じように悪戯っぽく笑うと、ドレスの裾が汚れてしまう事も忘れてその場にしゃがみ込んだ。
 何度か餌付けをしていたお陰か、こうして座り込んでいるだけでもいつの間にか猫が傍に集まってくる事が多かったのだ。私はわずかな期待を込めて、猫の鳴き声の真似をしてみた。
 餌でも持ってくれば良かったね、と傍に立つヴァイルを見上げて、彼の澄んだ緑の双眸に見つめられている事に気付く。私は目の覚めるような気持ちになって、身動きが取れなくなった。

 私はこの時、異性に見つめられるとどんな風に胸が高鳴るのかを、初めて知った。



***



 緑の月も半ばを迎えようという頃合になって、私はやっと鏡石に映る女を私自身の顔だと認識できるようになっていた。成人することによってがらりと変貌を遂げたというわけではないが、少なくとも子供の頃にはなかった膨らみがあって、身体の線もやわらかい丸みを帯びていて、姿かたちが随分と様変わりしてしまったように感じられたからだ。
 着る物も未分化の頃と比べると複雑な意匠の物ばかり勧められ、ひらひらとしていて、華やかな装飾が施された衣服に袖を通す機会も増えた。髪にはいつも香油が塗り込められ、つややかな布を織った飾り紐や、美しい宝玉をあしらった髪飾りを充てられる。唇には紅が引かれ、身支度にかかる時間は子供の頃に比べると倍加してしまっている気がする。大人とは本当に面倒なものだ。それとも、私が印持ちだから面倒になってしまうのだろうか。
 この際どちらでもいい。面倒が増えたという事実だけは変わらないのだ。私は椅子に座ったまま大げさに溜息をついた。
「いかがなさいましたか、レハト様」
 成人して新しく私の部屋付きになった侍従が、耳ざとく私の吐息の音を聞きつける。
 私はいい加減うんざりしていたので、仏頂面を隠そうともせずに呟いた。
「訓練場で思いっきり剣を振りたい」
「なりませんよ」
「城から出て町を見に行きたい」
「城下へ下りるには許可が必要で御座います」
「では、庭に行きたい。走りたい」
「レハト様」
 幼さを帯びた我儘はぴしゃりと跳ねのけられた。侍従は聞き分けのない子供に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で私を諭す。
「いいですか、レハト様。貴方様は成人したばかりなのですよ」
 うんざりするほど聞かされた言葉に辟易して、また溜息が漏れる。成人したばかりで身体もまだ不安定な状態だから、無暗に歩き回るなとは何度も言い含められてきた。まったく、窮屈で敵わない。子供の頃は勉強もいっぱいしなければならなかったけれど、休日にはあんなに遊べたというのに。
「ヴァイルに会いたい」
 中庭を共に駆け回った大好きな人物の名を呟き、再び息を吐き出す。篭りが明けてからしばらくの間は様々な事情で慌ただしかったため、彼とはまだ顔を合わせられずにいたのだ。
 会いたい。彼は当初の望み通り男を選んだのだろうけれど、いったいどんな風になったのだろうか。
 彼の明るい笑顔と、城内を共に駆けて遊んだ思い出と、雨の日に見た壊れそうなほど儚い表情と、約束を交わした時のてのひらのぬくもりと、不安げに揺れる緑色の瞳とを思い出して、胸が締め付けられる。会いたい。
 椅子に腰かけたままもう一人の寵愛者に思いを馳せて窓を見やる。一度会いたいと願うと、その想いは急激に膨らみ始めてしまう。私は首を振って、その想いを抑えようと試みた。
「ヴァイル様ですか」
 すぐにいつもの小言が飛んでくるかと思いきや、侍従は私の言葉を繰り返す。
 思わずそちらを見ると、しばし考えるようなそぶりののち、彼女は口を開いた。
「ローニカさんを呼んで参ります。少々お待ちくださいませ」
 まだ私の部屋付きになって日が浅い彼女は、何か判断を仰ぐ際にはローニカの元へ話を持って行く。
 つまり、もしかしたら、本当にヴァイルと会えるかもしれないのだ。
 なんとなく口を突いた願望が叶えられるかもしれないと知り、私は歓喜が沸き上がる前に思わず立ち上がり、叫んでいた。

「どうしよう!」

 ヴァイルに会えたら、もちろん嬉しい。でも、それよりも、大きな問題が私の中に横たわっていた。
 篭りの間に随分伸びた髪をつまみ、自身のささやかな胸の膨らみを見下ろし、ずるずるでひらひらのドレスを纏う身体を見る。
 会うという事は、ようやく見慣れたばかりの成人した自分の姿をヴァイルに見せなくてはならないという事だ。それがひどく怖かった。
 女になった私を見て、ヴァイルはどう思うだろう。
 がっかりするだろうか。以前と変わりなく接してくれるだろうか。これからも共にいてくれるだろうか。
 ぐるぐると巡る思考の渦に、私はじんわりと、しかし深く引きずり込まれていく。


 果たして、私の複雑な思いとは裏腹に、ローニカがすぐにヴァイルへと取次の申し出を手配してくれた。
 私の侍従の手際の良さと優秀さに今更「怖い」とは言い出せず、私は彼の返事を待つ事にした。




 返事は意外な程早く来た。その日程もそう遠くは無く、ぐるぐると回り続ける悩みに溺れているうちに約束の日はやってきた。

 久しぶりに彼に会えるという歓びと、様々な不安がないまぜになったままその日を迎え、私は変に緊張していた。それこそ、今年のはじめ、篭りに入る前に誰を王にするか告げられたあの朝と同じくらいには緊張していたのかもしれない。
 落ち着いた色合いの服と華美ではないシンプルな髪飾り、それから花の模様が刺繍された華やかな色の飾り帯を身に着けて、私はみっともないくらいにそわそわしていた。
 未分化の時分から傍に仕えてくれているローニカとサニャだけを伴ってヴァイルの部屋まで赴くと、私だけが応接間に通されて暫し待つようにと言い渡された。
 椅子に腰かけ、素直にヴァイルを待つ事にする。彼が忙しいのは私も知っているので、ちょっぴり肩を落として自分の我儘ぶりに落ち込んだ。
「あの、ヴァイルは今日、何か予定があったのでしょうか」
 私の世話のために残った侍従に話しかけると、笑顔を返された。
「いいえ、今日は全ての予定を空けてございますよ。今朝は急にリリアノ陛下にお呼ばれになりましたが、ヴァイル様もすぐに戻っていらっしゃいます」
 レハト様にお会いするのを、随分楽しみにしていらっしゃいましたから、と笑顔で付け加えられる。私はぎこちない笑みを返す事しかできなかった。

 内々では既に次期国王として冠を受ける宣言をしたヴァイルだが、篭りが明けた今月からは継承式を初めとした様々な公務が控えている。王権を放棄した私でさえ公務や式典の確認事などが山ほど舞い込んでいるという状況下、国王である彼が多忙を極めていることは明白だった。
 本当は、今、彼を訪ねるべきではないのかもしれない。
 私は子供の頃からちっとも成長していない。――たった一年ぽっちで文字の読み書きから勉学に取り組んだ私と違い、彼は幼少のみぎりから王となるべく励んてきた逸材だ。私の子供っぽさに、呆れられたりしないだろうか。
 侍従に出されたカップに口をつけ、すっきりしたハーブの香りにほっと息を吐く。

 私はいったい、何をしているんだろう。

 ぐるぐるとした悩みが重く思考に伸し掛かり始めた頃、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
 呼び鈴も何も無く盛大な音を立てて開いた扉に、私はびくりと肩を跳ねさせてそちらを見――その瞬間、何も言えずに硬直してしまった。
 想像していた通りの――しかし記憶の中の姿とは随分様変わりした人物がそこに立っていたからだ。
 彼もよほど急いでいたのか、肩で息をしている。が、私の姿を見た瞬間、同じように目を見張って固まってしまった。
 互いに硬直したまま、言葉は発せられない。まるで時が止まったかのようだ。
 その場に残っていた侍従だけが、眉をひそめて「お行儀が悪うございますよ」とだけ言い、しかしそれ以上何も言わずに一礼して部屋を去る。
 残された私達は、どちらともなく互いの姿を頭から爪先まで確認した。
「……えーと」
 私を見たまま固まっていた彼が何かを言いかける。私は彼の発言を待たず、口を開いた。
「ヴァイル?」
 語尾が半疑問系になってしまったのも無理はない。
 彼は、私が想像していたよりも随分背が伸びてしまっていた。
 髪は見慣れた若草色だったが、篭りの間に伸びたのか、後ろで一つに纏めている。子供の頃はあんなに嫌がっていたずるずる長い上着(それも、派手ではないがいくつも装飾が連なる意匠のものだ)を羽織っていて、それがすごく似合う。その額に淡く輝く徴がなければ、私は彼をすぐには認識できなかったかもしれない。
「やっぱりレハト、だよね」
「う、うん」
 発せられる声も記憶していたものより随分と低く、私はますます記憶の中の彼との差異に驚くばかりで、みっともなく何度も頷く事しかできなかった。
「ああ、うん。そうだよな。ごめん、変な事聞いた」
 慌てて言い繕うヴァイルが彼にしては珍しい程狼狽していたので、私は少し不安に思っていた事を口に出した。
「あの、私、やっぱり変かな」
「いや、全然変じゃないって!」
 途端に強く否定され、私は驚いて彼を見る。
 ヴァイルも思った以上の声量に気まずく思ったのか、目を泳がせて「ええと、」と口をもごもごさせる。
「ちょっとびっくりしたって言うか、何か、あの……ちゃんと子供の頃の面影あるし、想像してたよりもずっと女っぽくなったんだなってちょっと感心してたとこ」
 それは褒めてるつもりなんだろうか。
 なんだか微妙なところだが、私自身あまり考える余裕もなくヴァイルを見上げる事しかできなかったので、おあいこという事にしておく。
 それよりも、だ。
「ヴァイル、篭りの前に言ってたよね。自分の事、大人になったら変になるかもって」
「え。何? 俺、やっぱり変に見える?」
「ううん、変じゃない。むしろかっこよすぎて悔しい」
 素直に思った事を口にすると、ヴァイルは少しだけ照れたように笑って、ほっと息を一つ吐いた。
「そ、そっか」
「うん」
 それからまた一呼吸置いて、彼はそっと手を差し出してきた。
「あのさ。時間あるならさ、ちょっと散歩しない? 天気いいし、中庭とかさ」
 それは魅力的なお誘いだった。素直に頷きかけて、はっとする。
 私達はもう子供ではない。何より、ヴァイルは次期国王でもある。そんなに気軽に歩き回っても大丈夫なのだろうか。それに、篭り明けなのだからあまり無暗に動き回るなと侍従によく言い含められている。
「大丈夫? 二人だけで出歩いて、怒られたりしないかな?」
 懸念を口にすると、ヴァイルはちょっと拗ねたように唇を尖らせた。
「俺が何も言わなくても、護衛連中は勝手についてくるよ。それとも、何。もしかしてレハトは俺と散歩するのは嫌だったりするの?」
「そんな事ない、嬉しいよ」
 そうまで言われては、もう彼の誘いを断る理由は無かった。
 子供の頃のように、差し出されたヴァイルの手を取る。彼のてのひらの大きさと、ぎゅっと握られるその力強さに驚かされた。
 そのまま手を引かれて立ち上がると、以前は同じくらいだった身長もいつの間にか差が開いていて、私は再び目を見開くはめになった。
「手、おっきくなったね」
「そう? レハトがちっちゃくなったんじゃない?」
「違うよ、私、身長だってヴァイルみたいに大きくなってないもの。ヴァイルが勝手に大きくなっちゃったの」
 そう言ってやると、ヴァイルは何故か、ほんの少し寂しそうな笑みを浮かべた。



 彼の表情を疑問に思う間もなく、私達は中庭へ向かう。
 以前のように廊下を駆け回る事もなく、悪戯の計画を話し合うわけでもなく、言葉も無く、ただ静かに歩いた。
 後方の気配をさり気なく探ると、成程確かに彼の言うとおり、数人の衛士がついてくる気配が感じ取れる。ヴァイルも既に慣れっこなのだろう。そちらへ意識を向ける事は一切無かった。
 最初の内は互いの歩幅がうまく掴めずに、一度私が引っ張られて躓いてしまった。間一髪の所で抱きとめられて事なきを得たが、彼の腕がしっかりと私の身体を支えた事に少なからず衝撃を受けた。
 体格も力も、こんなに差が出てしまっている。
 私達は、別の性を選び取った事で、何か全く別の違う生き物に変わってしまったみたいだ。
 そう考えると得体の知れない恐怖が足元を這い上がり、背筋が震えて、私はヴァイルの手を強く握り締めた。すると同じような事を感じていたのか、彼もまた強く握り返してくれる。
 言葉にならない不安が私達を包んでいる。唯一繋がったぬくもりが私達を繋ぎとめている気がしてならない。沈黙を破って、私は思わず囁いていた。

「ずっと一緒にいるからね」

 私の言葉に彼は何も言わなかったが、代わりに痛い程強く手を握られた。
 ずっと一緒にいる。それが彼と私の間に交わされた、大事な約束だ。
 玉座に縛られ、王城に縛られ、死後も神様に招かれて星となる。王たる彼の孤独に寄り添うのが神様から与えられた私の役目だというのならば、私は神様に感謝しなければならないだろう。
 隣を歩く彼の横顔を伺う。緑の双眸が真っ直ぐに前を見据えていて、私は彼の瞳の色が変わらないことに密かに安堵していた。

 大人になっても、身体が変わっても、王になっても、彼は私の好きなヴァイルのままだ。



***



 しゃがんだまま身じろぎしない私を流石に変に思ったのか、ヴァイルは苦笑して手を差し出してきた。
「裾、汚れるぞ」
 そこでようやく、私は自分が着ている物を思い出した。
 そうだ、子供の頃とは違うのだった。ずるずると長いドレスは完全に裾が地面についてしまっていて、私は慌ててヴァイルの手を掴んだ。
 草や土がついてしまったドレスを見て、サニャやローニカは何か言うだろうか。子供っぽいと窘められるだろうか。
 気恥ずかしさに顔を赤くしていると、私の手を引いてくれたヴァイルが、その勢いのまま私を抱きしめた。
「わあ、ヴァイル!?」
 突然の事にまた心臓が跳ねる。子供の頃だってこんな風に触れ合った事はあるのに、想いが通じた時もあんなにどきどきした筈なのに、その時とは比べものにならないくらい、身体がかっと熱くなる。

「……ありがとう、レハト」

 耳元で囁かれた声は少し震えていた。
「神様がレハトを選んでくれて、良かった。ありがとう、俺の傍にいてくれて」
 いつか言ってくれた言葉を、ヴァイルは何度も繰り返した。
 彼はいつもそうだ。私が隣にいる事を、まるで奇跡みたいに、儚い夢のように、いつか壊れてしまわないかと不安で仕方ないという目で、こちらを見る瞬間がある。それは大人になった今でも、変わりないようだ。
 ぎゅうぎゅう抱きしめられて、ちょっぴり苦しい。今までも力いっぱい抱きしめられたり、私からも抱きしめたりしたけれど、子供の頃とは違う固い抱擁に、私はどぎまぎして、同時に、熱く胸を焼くような感情を知った。

 このひとを絶対にひとりきりになんかさせない。

 大人になる前に密かに誓った言葉を改めて胸の内に刻みつけ、私はそっと目を閉じる。
 何も言わずに彼の背に腕を回そうとすると、私の意図を汲んでかわずかに拘束が緩んだ。私は爪先に力を込めて、ほんの少し顔を上向かせる。
「ヴァイル」
 目を伏せたまま彼の名を囁く。すると、躊躇うような数秒の間を置いたのち、彼の額が私のそれに触れた。
 神様に選ばれた子の証――額に輝く選定印同士が触れ合い、えもいわれぬ心地よさがじわりと身体の内から湧き上がる。
 熱く溶け合うような感覚は手を握った時よりも強く、唇を重ねた時よりもずっとずっと深くまで繋がる心地だった。どちらともなく吐息がこぼれ、私達はそのまま、暫く目を閉じてその感覚に酔いしれていた。



 猫は結局、寄り付かなかった。
 たまたま日が悪かったのかもしれないし、背後に控える大勢の衛士に警戒していたのかもしれない。
 けれどもし猫を構う様子を見られていたら、きっと「神の寵愛者が魔物に引き込まれている」だの「婚前に汚らわしい獣に触れてはどんな呪いにかけられるか分からない」だのと大騒ぎになっていただろうから、結果的には良かったのだろう、というところで私達は意見を一致させた。猫に触れられなかった悔しさは、一応それで紛らわせる事はできた。

「猫、可愛いと思うんだけどなー」
 ひそひそと囁いてくるヴァイルに、こちらも声量を落として返す。
「魔の使いって言っても可愛いものは可愛いよねえ」
「猫を飼ってもいいようにできないかなあ。そういう法律でも作ろうかな」
「でもきっと神殿の奴らがうるさいよ、そういうの」
「レハト、そういうのやり込めるの得意じゃん。なんとかなりそうだと思うけど」
「やってみる?」
「いいね、連中がどんな顔するか、楽しみだ」
 手を繋ぎ、くすくすと笑い合っている私達を見て、背後で私達を守っているであろう護衛に、行き交う侍従達に、文官に、神官に、貴族に、どう思われるのだろうかと想像を働かせてみる。

 成人しても、幼少の頃より変わりなく仲睦まじい寵愛者。
 国を担う王と王配両陛下は、まるで友人のように気安い仲である。

 それはどちらも間違いで、どちらも正しい。
 私達は大人になった。身体が変化して、性別の壁が出来てしまった。身長差はきっとこれからも埋まらないし、力の差は離れていくだろう。それに伴って心の有り様が多少変わり、子供の頃には出来なかった事に手を伸ばせるようになり、もしかしたら、幼い時分には想像もしなかったような気持ちが生まれる事もあるかもしれない。
 けれど私達の根底にあるものは、何一つ変わりはしないのだ。

 私は決して約束を違えない。
 何故なら私の手は今までもこれからも、差し出されたヴァイルの手を取るためにあるからだ。
 あの、約束を交わした湖での日と同じように。神の御許に二人の魂が招かれるその日まで。



140519 // 約束の手