Dear vol.9


 シェリアへ

 この間は手紙をありがとう。ソフィもとても喜んでいた。そっちは随分と大変そうだな。……まあ、無理もないか。あれ以来まだ世界中に強力な魔物が蔓延るようになったのだから、シェリアも今頃、目が回るような忙しさに追われているんだろうな。
 ラントの方は、周辺で何度か例の魔物が出現したけれど、街に近づく前にこちらで対処しているから、全く被害はない。安心してくれ。怪我人もほとんど出さないから、シェリアは安心して世界を周って人々の助けになってほしい。頼まなくても、シェリアならきちんとやってくれそうだけどな。

 最近、ソフィが母さんに花の世話や料理の仕方なんかを少しずつ習っているらしい。家の花壇だけでなく、シェリアの家の花壇も毎日こまめに面倒を見ている。ソフィも色んなことをどんどん覚えてきて、たまに大変だと思う時もある。だけど、毎日が充実していて楽しいと感じるよ。……時々、殺人的な量の書類に囲まれたり、やっかいな面倒に巻き込まれそうになると少し滅入ってしまうが。やっぱり領主って大変だな。親父がどんなにラントに尽力してきたか、今になって身につまされている。
 そういえばシェリアは親父を悪く言うことなんてなかったな。親父がシェリアにどんな風に接していたか、いつか聞かせてくれると嬉しい。勿論手紙でも構わない。子供の頃には理解できなかったようなことが、今なら理解できると思うから、今は少しでも多くのことを知りたいと思っている。
 子供の頃と言えば、ソフィがあの花畑でまたみんなで会いたいと言っていた。俺もそうしたいと思っていたから、いつか必ず実現させたいと思っている。覚えているか? シェリアが昔、何度もあの花畑に行きたいと言っていたこと。普通の子供だって、街の外は魔物がいるから一人で歩き回るなと言い聞かされるのに、シェリアは何が何でも行くと言って聞かなかったな。発作が出ると俺達は何もできずに背中をさすったり、背負って家に連れて行くことくらいしかできなかったから、シェリアが遠くに遊びに行く俺達に着いて来たがると、実を言うと凄く困ったんだ。いや、本当は少し怖かったのかもしれない。シェリアに万が一のことがあればフレデリックは勿論、俺達も悲しかっただろうからな。
 今思えば、あの花畑は本当に全ての始まりの地だったんだな。あの花畑で、今度はリチャードやヒューバートも呼んで、みんなで思い出話に花を咲かせるのも悪くないと思うんだ。みんな忙しい身だろうからなかなか時間も合わないだろうが、みんなが揃わないと意味がない。今度はちゃんと、シェリアもヒューバートも一緒だ。

 正直言って、あの旅が終わって大した時間も経っていないのに、時々無性に懐かしく思える。ラントで領主として執務室に閉じこもっていると、急にみんなに会いたくなってくるんだ。
 ソフィが昔と同じ姿のせいだろうか。彼女といると、昔の記憶が突然鮮やかに蘇ることがある。小さくて臆病だったヒューバートや、兄のように優しいリチャードや、病弱なのに強気なシェリアのことを思い出す。あの頃を思うと、医者にかかる以外はラントから離れることはなかったシェリアが、今こうしてラントを離れていることが不思議でならない。
 まだシェリアが旅立ってたった数ヶ月しか経っていないのに、シェリアがいないと思うとどうも落ち着かない。フレデリックは時々寂しそうな顔をしている。ソフィもたまに、シェリアが作るアップルパイの話を持ち出しては食べたがる。俺も、シェリアに会いたい。
 今はどこにいるんだ? フェンデルか? ストラタか? それともウィンドルのどこかだろうか。もし近くに寄ることがあれば、ラントを訪ねてほしい。その時には必ず連絡を入れてくれ。ソフィがシェリアのためにクッキーを焼きたいと言っていたから、きっと喜ぶと思う。俺も出来うる限りのことをしたい。
 それから、もしもあのピアノの約束が有効なら、……いや、シェリアの気が向いたら、またあのピアノを聴かせてくれないだろうか。小さい頃から聴かされていたせいだろうか。相変わらず音楽のことはさっぱりわからないけれど、シェリアのことを思い出すと聴きたくなるんだ。

 最後になったが、もう病を患っていないとはいえ、どうか無理だけはしないでほしい。シェリアは他人のことには敏感なくせに、自分のこととなると無理をする節があるから、少し心配だ。子供の頃に病に苦しむ姿を散々見ていたせいか、そのことばかり気になって仕方が無い。
 それから、辛いことがあったらどうか遠慮せずに言ってくれ。俺では頼りないかもしれないが、力になれるのなら全力を尽くしたい。そのことを胸の隅に留めて、シェリアのやりたいようにやってほしい。偉そうなことを言うかもしれないが、シェリアの夢を、俺は心の底から応援している。

 それでは、どうか元気で。シェリアに風の導きと守りがあらんことを。

アスベル・ラント





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