Dear vol.8


 一日の疲れを癒すためにベッドに寝転んで目を閉じると、また脳裏にあの言葉がよぎって眠気が吹き飛んでしまった。瞼の裏に焼き付いた自覚はあったけれど、頭の中にも刷り込まれてしまったのかもしれない。どうやら自分で思っていたよりも、よっぽど嬉しかったらしい。だってそのことを考えるだけで、どうしようもないくらいに落ち着いて寝ていられなくなるのだから。
(もう、明日は早く起きなくちゃいけないのに)
 心の中だけで溜息を吐きながら、身体は素直に起き上がり、自然な動作でベッドサイドのランプに明かりを灯す。
 シェリアは荷物の中からそわそわといくつかの封筒を手に取ると、ランプの光の下で手紙を読み出した。

 今朝届いたばかりの手紙はもう何度も何度も、それこそ飽きるくらいに読み返しているはずなのに、読み終えるとまた手に取りたくなってしまう。
 予想外の早さで返ってきた返事がとても嬉しくて、更にその内容に驚いて、くすぐったくて、信じられないような、うずうずするような気持ちになって、とてもじゃないけれど心穏やかではいられなかった。
 見覚えのある筆跡が綴る言葉の数々が、読み返す度に呼吸を始める。
 アスベルのさらりとした筆跡、ソフィの少したどたどしい文字の形。
 ふたりとも字の癖は似ても似つかないのに書いている内容がほとんど同じで、何度読んでも思わず笑ってしまう。ラントのこと。最近あった出来事。楽しかったこと。仲間達のこと。詳細は違えど、伝えたいことはきっとふたりとも同じなんだ。
(まるで家族みたいだわ)
 くすくす笑いながら、シェリアは故郷に思いを馳せる。
 ラント邸に咲くクロソフィの花。ソフィの手によっていつも手入れされている、シェリアの家の花壇。ラントの人達。涼やかに吹く風。一年中、花が咲き乱れるあの花畑。
 たった数ヶ月なのに、何もかもが懐かしく感じる。
(会いたいなあ)
 今はまだやるべきことがある。たくさんやりたいことがある。だからしばらくは帰らないつもりだったけれど、アスベルの手紙の中に見つけたひとつの言葉が、シェリアを捕らえて離さなかった。

 ――シェリアに会いたい。

 深い意味なんてないだろう。ただの社交辞令なのかもしれない。思いつきなのかもしれない。だけど、シェリアがいなくなったことをアスベルが意識してくれた。ただそれだけのことで、くすぐったい。
 シェリアはそっと、ふたりぶんの手紙を胸に抱いた。

(そういえば、アスベルからの手紙なんて久しぶりだわ)

 まだ子供だった頃、あのバロニアでの一件でラントを去ったアスベルが残していった置き手紙。あの一通の手紙が7年の空白と深い溝を作り出したのに、今はこうして離れていても繋がっているためのツールになっている。
 数年間、貰うことも送ることもなかったのが嘘みたいに、伝えたい言葉は手紙の中に次々溢れて綴られる。アスベルとシェリアだけでなく、仲間たちみんなを繋いでくれるから、遠く離れていても、すぐに会えなくてもちっとも寂しくない。あの時のように泣きじゃくることもない。
 たった数枚の紙が、こんなにあったかい気持ちを運んでくれるなんて知らなかった。
 シェリアはそっと目を閉じて、幼い頃の自分を、今の世界を、アスベルの笑顔のことを考えた。

 すぐには無理だけれど、また近くに寄ることがあれば真っ先に会いに行きたい。
 その時は笑顔でラントの門をくぐって、以前までとは違う気持ちで彼の名を呼ぼう。
 離れていても思ってくれる。みんな繋がっている。そう思うだけで、こんなにも幸せになれるのだから。