「人間に恋をする機械の話だよ」
 ぽつり、と彼の唇が紡いだ言葉は、私の思考回路を一瞬凍結させるには充分な効力を持っていた。
「面白いの?」
「さあ、見たことはないから」
 わからない、と彼は苦笑して、DVDの入ったケースをローテーブルの上に戻した。
 ことり、と小さな音がして、透明のケースは元の場所に戻される。彼にしては珍しく、その横顔にはなんの表情も浮かんでいない。
 ああ、失敗したな。
 私は半ば落胆にも似た気持ちでそう思った。あまりにも無造作に放り出されていたレンタルDVDには、何の罪もない。けれど私は軽く恨みをこめてそれを見つめる。興味を持って拾い上げたのは失敗だったのかもしれない。私が生まれる前に作られた映画のタイトルは、私には馴染みのないものだった。タイトルと主演俳優の名が記されたシールは最低限の情報しか教えてくれない。私がこの映画について問いかけたのがいけなかったのか、彼がその内容の断片を知っていたのがそもそも悪かったのか。けれど映画のタイトルを口にしたのは、失敗だった。私は踏まなくてもいい地雷を踏んでしまったのだ。
 恋をする機械。
 私はもう一度頭の中で、彼の言葉を繰り返した。ちらりと彼の表情を伺う。彼は何事か考え込んでいるようで、私が見ていることにはちっとも気付いていないようだった。
 この映画の結末を、彼はもしかしたら知っているのではないだろうか。恋する機械の結末。私はひどく気になって仕方が無かった。
「恋する機械は、幸せになれるのかな」
 思いついたことをそのまま声に出してしまって、私は慌てて口を塞いだ。
 隣に聞こえるか聞こえないかのかすかな呟きだ。それでも私は伺うように、すぐそばにいる彼をちらりと見上げた。
 彼はしばらくの間無言のまま、視線を宙に彷徨わせていた。
 けれどやがて何かに気が付いたかのようにうっすらと、唇に弧を描く。
「ミクは、どうなると思う?」
 ふいに彼の視線がぴたりと私の両目を捉えた。
 その問いに果たして答えが出せるのか、そもそもこの問答は何のためのものなのか、私はまだきちんと理解できない。――理解したくない。
 無言のまま私を見下ろす彼の視線からは、何の感情も読み取れない。私はざわざわする胸の苦しさに押しつぶされそうになりながら、なんとか声を絞り出した。
「わからない」
 声は意図せず震える。私は一体何に怯えているんだろう。
 彼はそんな私を見て、薄く微笑んでみせた。それはまるで私の言葉に、もしくは私の怯える様子に、少し満足したようにも、落胆したかのようにも見えた。




090106 // それでも私は恋をする
恋するミクと恋することに躊躇うカイトとそんなカイトにうっすら気付いてるミクみたいなのやりたかったんですが見事に撃沈しました。