Dear vol.2


「ああ、もう全然だめだわ」
 手紙を書くことがこんなに難しいものだとは思わなかった。インクに汚された紙束をくしゃりと丸め、新たな紙を取り出したところで、シェリアは諦めたように羽ペンを置いた。
 指先に滲んだインクがべたりとついてしまっている。気付けば机に向かってとうに3時間は経過してしまっていた。
 こんな調子じゃ、手紙なんて永遠に書けないかもしれない。インクのビンを片付けながら、シェリアはぞっとした。手紙を書く、たったこれだけのことさえありったけの勇気が必要になるだなんて。夢にも思わなかった不測の事態は、シェリアを少しずつ苦しめはじめている。

 突然出て行った幼なじみからは、何の連絡もないまま4年が過ぎてしまった。
 アスベルやヒューバート、それにソフィとの思い出はいつまでも色あせないまま胸の奥底にしまってある。幼い頃に貰ったガラス玉、白い貝殻、W石の欠片、クロソフィの押し花。あの輝くような美しい思い出に縋るように、こうして大事にしまって過去を思い返すことしかできない、そんな自分が少し腹立たしい。そして、一言も連絡をよこさないアスベルのことも。
 だからせめて手紙の一通でも送ろうと、何年もこうして挑戦し続けている。けれど、今までになんとか書き上げたことは何度かあるものの、手紙を出すまでには至っていない。
(私のばか、意気地なし)
 返事が来なかったら怖い。もしも私のことを忘れてしまっていたら。鬱陶しいと思われたら。手紙なんて煩わしいと思われたら。一つ不安になるたびに、不安はどんどん広がっていく。こぼしたインクのように、ただ黒く。時間が経てばきっとそんな不安も消えてくれるだろうと思っていたけれど、その逆だった。小さな黒い塊は、時間が経つたびに、日を追うごとに大きく膨れ上がっていく。いつか私にも抱えきれなくなるんじゃないかと思うくらいに、育っていく私の不安。それがいつか爆発しそうで怖い。
(もしアスベルから一言でもあれば、こんな不安もきっと無くなるのに)
 そんなことを考えてしまう自分が情けなくて、手紙一通分のちっぽけな勇気を振り絞れない自分が哀しくてたまらない。
 アスベルやヒューバートは今頃どんな風に過ごしているのだろう。
 この数年で、シェリアは健康に伸びやかに成長している。背だって伸びた。鏡を見ても、病弱なやせっぽちの少女は顔色の良い思春期の娘へと変わってきている。なのに、シェリアがどんなに思い描いても、アスベル達の姿はあの時のままで、何も変わらない。この数年分の時を埋めることはできない。

「会いたいな」

 ぽつんと呟いた言葉はやけに重く感じて、シェリアは無意識に両手を胸の前で合わせた。
 会いに行きたい。でも拒絶されたら怖い。
 臆病な自分が大きく膨らんだ不安を掲げてシェリアに重くのしかかってくる。ぐるぐると渦巻く思考の連鎖に、シェリアは知れず溺れていった。