Dear vol.3


 そういえば久しぶりに手を繋いだな。
 先頭に立って歩きながら、アスベルはぼんやりと先ほどのやりとりを思い返していた。
 ぽろぽろと泣きながら、感情の赴くままに言葉をぶつけてくる、でもとても不器用な幼なじみ。変わってないな、と思う。表情をころころと変えるくせに、彼女は一番肝心な部分を曝け出さない。だから彼女の言動にはいつも振り回されていたっけ。
 幼い頃を思い出して、アスベルは無意識に口角を上げていた。
(おんぶしろだのするなだの、欲しいものはすぐにちょうだいって言ったり)
 幼い頃は少し煩く感じていた彼女の言動も、今思い返せば随分可愛げのある我侭に感じられるから不思議だ。これが時の流れという奴なんだろうか。そりゃあそうだもんな。あれからもう7年も経つのだから。短いようで長かった時間。色んなものが大きく変わるには充分すぎる年月だ。

 ふと、「友情の誓い」と称して握った彼女の細い手を思い返す。
 記憶していたものよりも随分小さく思えた手のひら。ほっそりと白い指。自分とは全く違うやわらかな感触に、ほんの一瞬だけ戸惑いを感じてしまった。シェリアの手はあんな手をしていただろうか。歩くのが遅い幼なじみの手を引くのは、自分よりもヒューバートの役割であったことが多い。思えば本当に随分久しぶりだったんだな。記憶と違っていて当然と言えば当然なのかもしれない。

「どうしたの、アスベル」
 横を歩くソフィが首をかしげて尋ねてくる。アスベルは慌てて表情を繕った。
「いや、なんでもないよ」
「そう?」
 さして興味もなかったのか、ソフィはそれ以上追求せずに、やや後ろを歩くシェリアと並んで何か話し始めた。パスカルも加わって次第に賑やかになる後方の会話に苦笑する。怒ったようなシェリアの声が聞こえてきて、自然と、幼い頃シェリアにさんざん理不尽に怒られたことを思い出さずにいられなかった。
(手紙くらい、書けば良かったな)
 もうどうしようもない過去のことを思っても仕方ないが、それでもシェリアの涙を思い返すと、そう思わずにはいられなかった。
 あの頃の自分は何も見えちゃいなかった。多分、今もそうなんだろうけれど。騎士になれば何もかも守れると思って、振り返ることすらしなかった。
 前だけではなく、常に周囲の様子にも気を配れ。教官にそう教えられたことを、ふと思い出す。
 山積みになっている問題が全部片付いたら、ヒューバートやリチャード、シェリア達と一緒に、思い出話に花を咲かせるのも悪くないかもしれないな。ソフィを囲んで、あの友情の誓いの樹の前で。そのためにはまず、自分に出来ることから片付けていかなければ。
「よし、早くラントへ向かおう」
 自分に言い聞かせるように声に乗せると、後方からそれぞれの返事が聞こえてくる。アスベルは思わず笑みを零しながら、晴れ渡る空を見上げていた。