2) The present


「あっ、サバタ。腕ケガしてるよ!」
 ギルドに依頼された魔物狩りの途中、ジャンゴは相棒(と、ジャンゴは勝手に思っている)のコートの裂け目から血が滲んでいるのを発見した。
 指摘されたその相棒はというと、まず小さく舌打ちをした後に愛剣の露を払い、何も聞かなかったかのようにさっさと先に進みはじめた。華麗なるスルー。徹底的に無視する気だ。
 普通の人間ならばその冷たさに一歩引いてしまうところだが、ここで引き下がらないのがジャンゴである。良くも悪くも真っ直ぐなこの少年は、駆け足でサバタに追いついてから満面の笑みで「痛くない?手当てしてあげるよ」と言ってのけた。サバタの隣で傍観を決め込んでいたネロも思わずぎょっとしてしまうほど、サバタとジャンゴの温度差は激しいものだった。
 その温度差に気付いているのかいないのか。ジャンゴはサバタが何も言い返さないのをいいことに、ぺらぺらと勝手に喋り始める。
「ボク、ギルドの人たちにケガとか良く診てもらってたし、ちょっとした応急処置もできるよ。包帯も巻くの結構うまいんだ。自分でやるとよれるんだけど」
 にこにこと勝手にさわぐジャンゴとは対照的に、無表情で歩くサバタ。ここでネロが「おいガキ、いい加減にしろよ」と言うことはできるが、サバタが何も言わないので黙って見ていることにした。なおもジャンゴは続ける。
「消毒液とか布とか、ギルドの銃士なら携帯するのは当たり前だし、今もちゃんと持ってるよ。化膿する前にちゃんと治療したほうがいいよ。サバタもわかってるだろ」
 無反応なサバタを挑発するように語気を強めてもスルー。ジャンゴは若干のイラつきを覚えながら、それでもじわじわと滲むコートの赤を見逃すことはできなかった。
「ねえ、サバタってば!」
「黙っていろ」
 いつの間にか立ち止まったサバタに制止され、ジャンゴは思わずビクリと身体を硬直させた。
 吐き捨てるような短い言葉はいつも通りのものだ。しかしジャンゴは言われたとおりに黙って、サバタが今そうしているように、思わず自分も辺りを警戒した。
 そうだ。ここはかつて馴染みのあった街とはいえ、今では魔物が巣食う危険な場所になっている。いくらサバタを説得するためとは言え、あまりさわぐのは得策とは言えない。
 やっぱり、まだまだ一人前の銃士とは言えないのかな、と一人落ち込むジャンゴを尻目に、サバタは剣の構えを解き、唐突に踵を返してもと来た道を戻っていく。
「えっ?ど、どうしたの、サバタ」
「辺りにもう魔物はいないようだ。任務が完了したことをギルドに報告しにいく」
 来た時と同じように、すたすたと歩いていくサバタに、早足でついていきながら、ジャンゴはなおも食い下がった。
「でも、ケガの手当てが、」
「うるさい」
 感情のこもらない、平坦な言い方で吐き捨てるようにしながらも、サバタはちらりとジャンゴを見た。心配そうな双眸とぶつかって、何だかもうすぐ死にそうな不治の病に侵される友人を見ているようなそういう視線で見られていることに気付いた。
 色々な感情を込めた溜息を吐きたくなってくるようなこの状況下で、サバタはそれよりも何よりも、さっきからずっと思っていたことを辛うじてジャンゴに聞こえるくらいの声で呟いた。
「手当てなら、ここよりもギルドでした方がいいだろう」
 それを聞いたジャンゴの表情の変わりようと言ったら。「うん!」と元気良く返事して先に走り出すジャンゴに呆れながら、ネロは随分と甘くなった相棒の表情をこっそりと伺った。



 
080212 //少しだけ優しくなれた
本編終盤かクリア後くらい?
ジャンゴは良く走っては転ぶので自然と怪我の手当ても上手くなってるといい