3) 6 years later


 彼の肩のあたりに残る傷跡にそっと指を這わせると、彼は少しだけ驚いたような顔をして、でもすぐにやんわりと微笑んだ。
「跡、残っちゃいましたね」
「いいよ、これは勲章だから」
 くすくすと笑う彼に感化されて、思わずこっちも笑ってしまう。髪を掬い上げられて、じゃれるように指先で遊ぶ仕草がなんだかかわいい。真似して前髪に手を伸ばしてみた。私の指は彼のゴーグルにこつん、と触れたあと、前髪を捉える。少し硬い、まっすぐな髪。細くて量のある自分の髪とはかけ離れたその感触が心地良くて、何度も撫でる。
「くすぐったいよ」
 するすると動かしていた手を不意に掴まれ、ぐい、と引き寄せられた。突然のことだったから身体のバランスが崩れて、彼に身を預ける形になる。みるみるうちに色づいたであろう頬を見られることはなくて安心したけれど、代わりに上昇した体温は誤魔化しようがない。
 掴んだ片手はそのままに、今度は彼が私の髪を撫でる番になった。視界を塞がれたままの私は空いた手で彼の服を掴んで、それを支えになんとか重心のバランスを整える。けれど彼はちっとも私を手放す気はないらしくて、その証拠に、お気に入りの蝶の髪留めがパチンと音を立てて外された。
「きれいな手だね」
 掴まれた手がそっと持ち上げられる。思わず顔を上げて、またぱっと俯いてしまった。それくらい、彼の顔が近くに感じられて、どうしようもなく頬が熱くなっていく。
「そんなこと、ないです」
「そんなことあるよ」
 傷だらけのボクの手とは大違い、と彼は笑う。いいえ、そんなことないです。私はもう一度繰り返して、今度は上を向いて、彼の目を見て言った。
「だって、その傷は、肩に残る傷と同じように、誰かを守るためにできたものじゃないですか」
 一瞬だけ彼はきょとんとして、だけどまたすぐに笑顔になる。私はそれだけで何もかも満たされた気になって、高まる鼓動の抑え方や、熱い頬の冷まし方すらどうでもよくなってくる。
 こうして彼も私も満ちる時は、彼は決まって、戦いを知らない私の白い手を恭しく掲げて、指先に軽く歯を立てる。まるで私に何かを刻み付けるかのように。



 
080212 //指先に欲情
ちょっと大人なジャンリスということで。